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7月4日誕生! 〜「ケンタッキーの我が家」などを手掛けた“アメリカ音楽の父” スティーヴン・フォスター

2025/07/04掲載
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フォークダンスなどでよく流れる「草競馬」を作った人はだれですか。
7月4日誕生! 〜「ケンタッキーの我が家」などを手掛けた“アメリカ音楽の父” スティーヴン・フォスター
 生涯で約200曲を作曲し、親しみやすいメロディによって世界でもっとも多くの人々に歌われる曲を作ったとも言われる“アメリカ音楽の父”ことスティーヴン・コリンズ・フォスターは、1826年7月4日にアメリカのペンシルヴェニア州ローレンスヴィルにて生まれました。

 奇しくもアメリカがイギリスからの独立を宣言し、アメリカ合衆国が誕生した1776年7月4日から50年後、独立記念祝賀行事のさなかにフォスター家9番目の子供として生を受けたフォスターは、幼少より音楽的才能を発揮。2歳からギターやピアノに触れたのをはじめ、フルートやクラリネットなども演奏するようになりました。その後、父が事業に失敗して、ギターやピアノを手放すことになりますが、母からプレゼントされたフルートを片手に音楽にのめりこんでいくことに。アメリカ各地で流行していたミンストレルショー(白人が顔を黒く塗り、黒人のいで立ちで演じる寸劇)に出会うと、フォスターは仲間の少年たちと劇団を作り、子供版ミンストレルショーを演じて、地元の人気者となります。

 13歳で「ティオガ・ワルツ」という曲を作ると、15歳でアゼンス・アカデミー卒業式が行なわれたアテネ・アカデミーの教会にて「ティオガ・ワルツ」(The Tioga Waltz)をフルートで演奏。16歳の時には、フォスターを兄のように慕う11歳の少女のために「恋人よ窓を開け」(Open Thy Lattice Love)を作曲しています。

 18歳になると、出版社にもちかけた「恋人よ窓を開け」が出版されることになり、作曲家として生計を立てることを決意。同じ頃に作った男性合唱団のためにオリジナル曲を多く作っていましたが、それらがのちに大ヒットした「おおスザンナ」(Oh, Susanna)や「ルイジアナ美人」(Lou'siana Belle)、「ネッド伯父さん」(Old Uncle Ned)などになります。

 24歳の時に5歳下のブロンドヘアのジェーンと結婚し、翌年に娘マリオンをもうけます。この頃は公私とも充実していたようで、「草競馬」(Camptown Races)や「ドリー・デー」(Dolly Day)をはじめ、傑作を次々と作曲します。ただ、これまでのミンストレル・ソングを中心としていた作風から、次第に悲哀を紡ぐものへと変化。「スワニー河」の別名でも知られる「故郷の人々」(Old Folks at Home)や「主人は冷たい土の中に」(Massa's in De Cold Ground)などからはその傾向が顕著となりました。1853年にはケンタッキー州の州歌で、日本ではケンタッキー・フライド・チキンのCMソングとしてもおなじみの「ケンタッキーの我が家」(My Old Kentucky Home)を作曲。同曲はアメリカ競馬のケンタッキーダービーの際に演奏され、1982年からはフォスターの名を冠した「スティーヴンフォスターハンデキャップ」というレースも行なわれるようになりました。

 1854年に妻ジェーンをモチーフとしたと思われる「金髪のジェニー」(Jeannie With the Light Brown Hair)を発表し、ニューヨークへ移り住みます。しかし、ニューヨークの水が合わなかったのか、ピッツバーグへ戻ったり、再びニューヨークへ出たりするなか、両親や兄の死去の影響もあり、フォスター家を経済的な打撃が見舞います。それまで複数の出版社がフォスター作品を出版して利益を上げながら、フォスターはその報酬をほとんど与えられずにいたこともあり、さらにフォスターの収入が減っていきます。そのような借金暮らしによる困窮した生活を続けながら、「オールド・ブラック・ジョー」(Old Black Joe)などを発表していきます。

 さらに、1861年の35歳の時に、奴隷制にかかわる北部と南部の対立から南北戦争が始まり、経済にも大きな影響を及ぼします。もともとミンストレルョーの歌曲で名を広めたフォスターにとっては、その立場も芳しくないものとなりました。そして、酒に溺れるなど生活が荒れていくなかで、1864年1月10日にマンハッタンのホテル滞在中に頭部をぶつけた洗面台の破片で頸動脈を切って倒れていたところを発見され、37歳の若さでこの世を去りました。その死から2ヵ月後に発表されたのが、1862年に作曲した「夢見る人」の名もある「夢路より」(Beautiful Dreamer)で、これがフォスターの最後の作品となりました。

 親しみやすく歌いやすいメロディが特徴のフォスターの楽曲は、南北戦争の終結を経て、アメリカが発展していくなかで、再び多く歌われていきます。のちに世界各地で愛されるようになり、いまもなおそのメロディは人々の記憶に残り続けています。
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