名曲「
楓」を原案にした映画『楓』が12月19日(金)より公開される
スピッツ。ひとつの楽曲が時を越えて物語として息を吹き返すということが、
草野マサムネ(vo,g)が紡いできた“言葉”の力を改めて感じさせます。
草野の歌詞は、日常のすぐ隣にあるはずなのにどこか現実離れしていて、不思議で優しい、誰も思いつかないような言葉選びが魅力。今回は、草野ならではの言葉選びと世界観にフォーカスし、長く愛され続けるスピッツの歌詞の魅力を紹介します。
■
「楓」 映画化された本楽曲は、別れを描いた楽曲でありながら、過度な悲しさを前面に押し出すのではなく、静かに感情を包み込むような歌詞が魅力。〈さよなら 君の声を 抱いて歩いていく〉というフレーズからは「さよなら」の痛みや悲しみと共に、その人の「声」や思い出を抱えながら前に進んでいくという意味が込められ、タイトルにもある「楓」が、季節の移ろいや時間の経過を象徴しています。
そして、映画として新たな物語を持つことになった背景には、この楽曲の歌詞が持つ“語りすぎない強さ”があるからこそ。時代を越えて愛され続けてきた「楓」の結末を決めない歌詞が、映画という新たな表現を通して、その楽曲の意味を別の形で目の当たりにすることになります。
■
「青い車」 冒頭の歌詞から心掴まれる本楽曲は、“青い車”に乗って未熟さ、憂鬱から脱却し再生へと向かう様子を描き、一見すると軽やかで不思議な世界観の中に、人生の節目や心の再生を感じさせる物語が流れています。これまでの〈つまらない宝物〉や〈偽物のかけら〉で得た経験を胸に、次の場所へ向かう――そんな決意が込められており、人生のどこかで立ち止まったとき、そっと背中を押してくれる一曲となっています。
■
「運命の人」 タイトルから想像される“ドラマチックな恋”とは裏腹に、この楽曲に流れる空気はどこか軽やかで可愛らしく、草野は「運命」という大きな言葉を、重たく語ることなく、ふっと口ずさめる一曲に仕上げています。“恋を美化しすぎない”のも草野の歌詞が持つ魅力。揺れ動く途中の感情や、未完成の言葉が愛おしく響きます。冒頭から〈バスの揺れ方で人生の意味が解かった〉主人公が謳う歌詞に注目です。
■
「醒めない」 15thアルバム『
醒めない』の表題曲の本楽曲は、スピッツというロック・バンドの現在地を示すメッセージ・ソング。ここで描かれている“醒めない”という状態は、過去への執着ではなく、これから未来へ向かうための原動力。年齢やキャリアを重ねても守りに入らず、変化を恐れず、優しさやファンタジーさをまといながらも、その芯にあるのは揺るがない意志。スピッツの自信と覚悟が刻まれた歌詞に自然と期待が高まります。
■
「スカーレット」 草野自身も「スピッツのひとつの到達点」と語るほどお気に入りの一曲となった「スカーレット」は、感情の熱量が一際鮮やかに立ち上がる楽曲。“スカーレット”という意図が象徴する強い想いは、情熱的でありながら決して濁ることがない、そんな聴き手の心を洗ってくれるような直な愛情や無邪気さが草野らしい優しい言葉で紡がれています。“情熱”と“純粋さ”という相反する感情が同時に存在し、“浄化する力”を持つ楽曲です。
■
「スピカ」 本楽曲は、派手な幸福や劇的な奇跡ではないけれど、たしかにそこに存在している静かで揺るぎない幸せを歌っています。不完全で、迷い揺らぐ思いがあったとしても、それでも続いていく日々を信じたい。この楽曲から伝わってくるのは強く言い切る希望ではなく、手放さずに持ち続ける覚悟のようなもの。〈幸せは途切れながらも続くのです〉というフレーズがまさに目に見えにくい幸せの輪郭をそっと優しく浮かび上がらせています。
■
「空も飛べるはず」 長く愛され続ける本楽曲は、成長の過程で抱えてきた葛藤や迷いが存在しており、それでも歩き続けた先で、“君”と奇跡的な出会いをしたことで、今なら空を自由に飛べそうな気がする――そんな心境が歌詞から伝わってきます。「空も飛べるはず」というフレーズには、夢や希望に向かう道を見出したという意味が込められ、誰かとの出会いや、心が動く瞬間があれば、人は何度でも立ち上がれると教えてくれる一曲です。
■
「チェリー」 スピッツを代表する楽曲「チェリー」は、単なる甘酸っぱい恋の歌ではなく、別れを受け入れながらも、この先に待つ決して平坦ではない人生の道をそれでも進んでいくという決意の歌。若いがゆえの無邪気さが永遠には続かないという、ほろ苦い自覚も込められており、「愛してる」という言葉が持つ力、その響きだけで強く生きていけると信じていた時代を、優しい郷愁として描き出しています。
■
「魔法のコトバ」 本楽曲は、草野が“言葉そのもの”に託してきた想いが、最もストレートに表現されたナンバー。特別な能力や奇跡ではなく、たったひとつの言葉が人の心や人生を変えてしまうことがある、そんな信念がこの歌には込められているように感じられます。ここで描かれる魔法は決して派手なものではなく、これまで多くの別れや葛藤、揺らぐ感情を描いてきたスピッツが言葉を信じてきた理由、草野が紡いできた歌詞が多くの人の心に残り続けている理由を改めて実感させてくれる一曲です。
■
「ロビンソン」 草野の歌詞世界を象徴する楽曲であり、聴く人それぞれの物語を受け入れる余白を持っています。不思議な言葉や情景が連なりながらも、普遍的。〈誰も触れない 二人だけの国〉で、外の世界からは理解されなくていい、誰かに証明する必要もない、ただ二人だけが確かに分かち合っているという尊さを、説明ではなくイメージとして差し出しています。草野の歌詞が持つファンタジー性と、人生に寄り添う力が美しく結びついた一曲です。
スピッツの楽曲が、時を越えて映画『楓』という新たな物語へ広がったことは、草野マサムネの歌詞が持つ力を改めて証明しています。その始まりには、草野の“結末を決めない言葉”があります。草野の歌詞は答えを押し付けることも感情を言い切ることもなく、だからこそ聴き手の想像力を搔き立てます。そして、そこに重なるのが、優しくどこか儚い草野の歌声。言葉だけでも十分に美しい世界にその声が響くことで、歌詞はより深くより静かに心へと染み込んでいきます。
人生のどの地点にいてもそっと寄り添ってくれるスピッツ。映画『楓』の公開をきっかけに、草野マサムネが紡いできた“魔法のコトバ”に改めて耳を傾けてみてください。