[注目タイトル Pick Up] ついに配信解禁! 矢沢永吉の全638曲を1週間かけて聴いた / ハイレゾ時代の先端をいく「ART INFINI」の『ザ・ウルティメイト DSD11.2MHz』
掲載日:2022年8月23日
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注目タイトル Pick Up
ついに配信解禁! 矢沢永吉の全638曲を1週間かけて聴いた
文/國枝志郎

 サム・プレコップとジョン・マッケンタイアという、いわゆるシカゴ音響派の草分け二人によるデュオ・アルバムが流れる部屋は猛暑にも耐えられる桃源郷かも……しかもそれがハイレゾ(44.1kHz/24bit)とくればもう言うことなし。
 シカゴ音響派については書き始めるとこのコラムが埋まってしまうので詳細は省くけれど、90年代初頭にシカゴを中心に台頭してきたインストゥルメンタルがメインの音楽であり、その構成、音の質感を含め、従来のロックからはみ出してエレクトロニック・ミュージックや現代音楽、ジャズ、ボサ・ノヴァ(!)などのリスナーも巻き込んで静かなムーヴメントとなったもの。おもにトータスというユニットを中心に活動し、のちにプロデューサーとしても名をあげるジョン・マッケンタイアと、ジョンもメンバーのバンド、シー・アンド・ケイクの主要人物サム・プレコップがそのムーヴメントの中心人物であり、90年代以降のポストロック・シーンを築き上げたユニットの中心的存在だったのがこの二人だったのである。
 シカゴ音響派の音楽が世界に向けてリリースされる中核となったのはシカゴのインディ・レーベル、Thrill Jockeyで、トータスやシー・アンド・ケイクもデビュー以来このレーベルからのリリースを続けているが、今回のこの豪華な共演アルバム(意外なことにオフィシャルなふたりの共作アルバムのリリースはこれが初めて)がこのレーベルからのリリースとなったことは、レーベルのアニヴァーサリー・イヤー(創立30周年!)を寿ぐには格好のものとなった。
 ここ10年ほど、サム・プレコップは自身のソロでジャズと電子音楽を融合させたエレクトロニック・モードな作品集を作り出してきたが、今回のこのデュオはその路線を踏襲し、拡張するものである。4トラックで1時間弱というプレイング・タイムは、それぞれのトラックがそれなりの尺を持つことを示唆しているが、このベテラン二人による長尺の電子的トリップ・サウンドはまさにかつてのジャーマン・コズミックの楽天的な陶酔音楽であり、この長さであってこその没入感を楽しむべき音楽と言えるだろう。


 上で紹介したサム・プレコップとジョン・マッケンタイアのアルバムと同じ日に、このアルバムの配信が開始されたのは奇跡としか言いようがない。今のアメリカの先鋭的な音楽シーンのあるポイントをさっくりと切り取ったこの2枚の作品が、配信サイトを映し出したディスプレイ上で隣同士に表示されているということにまず何か神の摂理のようなものを感じざるを得なかった。いや、そういう大袈裟な表現をしたくなるほどこの2枚は(ある種の音楽愛好家にとって)この夏を代表するアルバムだと確信を持って言えるのである。
 ロサンゼルスを拠点に活動するカルロス・ニーニョは、プロデューサー、コンポーザー、アレンジャー、DJとして、ジャズ、ヒップホップ、ニューエイジ、ソウル……その他多くのスタイルを融合させたスピリチュアルな作品を数多く発表しているモダン・ミュージック・シーンのベテラン。多くのプロジェクトを持つが、とくにLAビート・シーンの代表的アーティストを多数フィーチャーしたカルロス・ニーニョ&フレンズ名義の活動はもっとも注目されているものだ。その音楽はジャズを中心とし、ヒップホップ、インプロヴィゼーションやアンビエントの要素を絡ませた独特のもの。今回登場した『EXTRA PRESENCE』は、この名義で10枚目にあたる最新作である。もともとは2020年に限定リリースされたアルバム『Actual Presence』をベースとし、それに7曲(LP版は6曲)の「Extra Presence」を加えた拡張版としてLP(日本盤はCDも)でリリースされたものが、ついにこの名義では初のハイレゾ(44.1kHz/24bit)・リリースとなったわけである。
 素晴らしいコラボレーター陣(ミゲル・アトウッド=ファーガソン、ジャメル・ディーン、ネイト・マーセロー、シャバズ・パレス、ディーントニ・パークス、サム・ゲンデル、ララージ、ヤソス……ほか多数!)を迎えたこのアルバムはニーニョ曰く「スピリチュアル、インプロヴィゼーション、スペース・コラージュ」がテーマだと言う。豪華な共演者たちのジャンルレスなプレイを総括するカルロス・ニーニョの名監督ぶりが際立つ90分だが、なんといってもニューエイジ・シーンの大ベテラン、ヤソスをフィーチャーした23分におよぶアンビエントなラスト・トラック「Recurrent Reiki Dreams」が圧巻。軽やかにうねる絹のようなテクスチャーは、アルバム全体がひとつの長大なシンフォニーであるかのように聴き手を魅了する。


 矢沢永吉がキャロルのヴォーカリスト / ベーシストとして1972年にデビューしてから今年で50周年になるという。50年という歳月を第一線で駆け抜けてきたというだけでもすごいけれど、その間に作ったアルバムはキャロル名義で3枚、矢沢永吉ソロ名義で34枚もあるというのも驚異的。しかもこれはオリジナル・アルバムのみの数字であり、ライヴ・アルバムやベスト・アルバムなどを入れたらとんでもない数になるだろう。
 今回はハイレゾ含むダウンロード配信のほか、各種サブスクリプション / ストリーミングサービスでの配信もまとめてスタートした。キャロル時代の作品ではなく、ソロになって以降の作品群のみになるけれど、その曲数合わせてなんと638曲! アルバム枚数45枚! さすが世界のE.YAZAWA! 圧巻と言うしかない。上にあげた2枚(サム・プレコップ&ジョン・マッケンタイア、カルロス・ニーニョ&フレンズ)がディスプレイに並んで壮観だったと書いたけれど、永ちゃんのこれはさらに、というか比べものにならないレベルだった。右を向いても左を見ても永ちゃんの勇姿が配信サイトを映し出すディスプレイにずらりと45タイトル! さすがのスケールにはもう脱帽というしかないし、今回の配信解禁について永ちゃんが出した「世界は動いてるんだから。その時代に合わせて楽しんじゃおうよ」という声明のなんたる力強さよ!
 僕もその力強い永ちゃんの想いを受け止めるべく、45枚638曲を聴いた。1週間、永ちゃんしか聴かなかった。永ちゃんの50年(正確にはソロになってからだと47年)を1週間で辿ってみた。どのアルバムもめちゃくちゃ濃い。ソロ第1作からロサンゼルス録音でトム・マック(ニーノ・ロータ作曲の映画『ゴッドファーザー』のサウンドトラックをプロデュースしたアメリカのプロデューサー / ソングライター)がプロデュースしているという豪華さ。そこから現時点での最新作『いつか、その日が来る日まで…』までを通して聴いてみると、その時代時代の音楽的な流行が取り入れられ、しかもそれが今聴いても古びない形で響いてくるということに驚かされる。上記のプロデューサーもそうだし、共演するプレイヤーも世界の腕利きが都度起用されて華を添えるが、それもすべて“矢沢永吉”という世界を構成する1パーツにすぎない。この揺るぎない世界は本当に唯一無二だ。
 できれば全部聴いてほしいと思うけれど、まずは第1作『I LOVE YOU,OK』から聴いていただきたい。ちなみにこのアルバムのみ48kHz/24bit(ほかはすべて44.1kHz/24bit)である。

ハイレゾ時代の先端をいく「ART INFINI」の『ザ・ウルティメイト DSD11.2MHz』
文/長谷川教通

 音楽録音におけるデジタル・フォーマットのハイスペック化が進んでいる。とくにクラシック音楽の録音でのハイスペック化が目覚ましい。最新の高性能DACチップではPCM768kHz、DSD22.4MHzに対応する製品も出てきているが、ファイルの容量がきわめて大きくなるので、実用上でのハイゾ配信における最高スペックといえば、PCM録音なら352.8kHz/24bitあるいは384kHz/24bit、DSD録音ならDSD11.2MHzとなるだろう。その意味で「高品位なDSDレコーディング」をポリシーに掲げる「ART INFINI(アールアンフィニ)」はハイレゾ時代の先端をいくレーベルだといえる。そこで注目したいのが、2022年8月11日に配信されたコンピレーション・アルバム『ザ・ウルティメイト DSD11.2MHz』。これまで録りためてきた音源から選ばれた12トラックは、いずれもDSD(ファイル拡張子はDSF)11.2MHzの最高スペックを誇る。ちなみにDSD256という呼び方もあるが、それはCDスペックのサンプリング周波数44.1kHzの256倍(44.1kHz×256≒11.2MHz)という意味。とてつもなく高速でのサンプリングが行なわれているわけだ。
 「アールアンフィニ」レーベルのもう一つの特長は日本のアーティストを積極的に取り上げ、日本の音楽界に大きなうねりを巻き起こしていることだ。今回のアルバムでも最前線で活躍する音楽家がずらりと並んでいる。1曲目では鬼才のピアニスト&作曲家のファジル・サイの作品を、チェリスト新倉瞳と飯森範親指揮東京交響楽団がアグレッシヴに演奏しており、音が出た瞬間に鮮やかに飛び交うパーカッションとソロ、それを支えるオケが作り出すリアルな空気感にゾクッとさせられる。2曲目では河野智美のギターが聴きもの。響きに厚みと強さがあって、バックのオケとすばらしいコントラストを描いている。河野は8曲目では磯絵里子のヴァイオリンとの二重奏。ヴァイオリンの音色がものすごく鮮明に録られていて、ギターとの掛け合いが生々しく伝わってくる。まさに録音という仕事の妙と言えそうだ。どのような作品なのか、演奏者の意図を実現するにはどう録るべきか、録音会場の響きはどうか……そのような要素を組み合わせて多彩な音模様を作り出す面白さ。三浦文彰のヴァイオリンとイタマール・ゴランのピアノが激しく交錯するプロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ。塚越慎子のマリンバもいい。マレットによる打音のリアルな衝撃音、共鳴管のうねり……これぞマリンバの魅力だ。そして響きが漂いだす空間の拡がりがすごい。そう、この空間情報こそがハイスペックの醍醐味なのだ。楽器の直接音のリアルさはもちろん、音と音の隙間や楽器を取り巻く空気の震えを感じとれることのすばらしさ。作曲家の意図と演奏者の感性が融合し、録音技術者のイメージが重なって生まれる録音芸術の奥深さをぜひ感じとってほしい。それがオーディオの愉しさ!




 1927年生まれのヘルベルト・ブロムシュテットが2019年と2021年にゲヴァントハウスで収録したブラームスの交響曲全集が、96kHz/24bitのハイレゾ音源で配信されている。90歳を超えてなお現役だということ。しかも枯淡の境地などという先入観を吹き飛ばしてしまうほど精力的に活動していること。もう驚きを通り越して……いやいや、そういう先入観がよろしくないのだ。まず第1番を聴いてほしい。なんという自然体! 伸びやかで美しい弦合奏。ブラームス特有の重厚さはもちろんだけれど、不思議と鈍重さはない。穏やかな表情をたたえながら流れていく音楽は懐の深さと温かみを感じさせ、どこにも厳めしさはないのだ。というよりも、オーケストラの団員がブロムシュテットのタクトで演奏することを心から愉しんでいる。クライマックスでも、緊張感に加え自然体で誇張のない音楽の運び……団員の自発性と凝縮されたエネルギーが指揮者を支える。長年の相棒として、互いの想いが通い合っているのだろう。
 録音は弦合奏をメインに据えて、各パートをクローズアップするのではなく、あくまで厚みがあって肥沃な大地のようなハーモニーでステレオ再生のステージを構成する。だから500Hz~4kHzあたりの解像度が十分でないスピーカーで聴くと、中音域にかぶりがあるんじゃないかと感じるかもしれないが、けっしてそんなことはない。再生システムを要チェックだ。第2番の弦合奏のハーモニーの美しさは格別。しかも低音域の盛り上がりがなく、音程もクリアなので不自然さはないし、けっしてブーミーではない。ヴァイオリンが不必要に強調されることもなく、それなのに動きは明瞭。木管楽器も弦合奏に埋もれることなく、きれいに録られている。第3番の冒頭で、ヴァイオリンと木管が強奏されるバランスもみごと。弦と木管が複雑に出し入れされる部分の奏者たちの巧さも聴きものだ。そして第4番。この全集の白眉。いくぶんボリュームを上げて聴いてほしい。空間にクッキリと立ち上るヴァイオリン。有名な冒頭の旋律はピュアで美しいが不思議と暗さはなく、そこから音楽する悦びがあふれ出してくる。第2楽章のホルンとフルートに続くクラリネットの伸びやかさ。終楽章のフルート・ソロはセバスチャン・ジャコーだろうか。テクニックを超えた豊かな音楽性はさすがゲヴァントハウスのオケだ。名演! 数多いブラームス交響曲全集の録音中でも最上位にあると言っていいだろう。 


 武満徹が世を去ってからもう25年もの時間が流れたか……と、「夢千代日記」を聴きながら思いにふける。山陰の鄙びた温泉地。置屋の女将、夢千代は母親の胎内にいたときに、広島で被爆した。原爆症で余命3年と診断された彼女が書いている日記が軸となって物語が展開される。夢千代を取り巻くように訪れる訳ありな人々。彼らが繰り広げる出来事が山陰の寒々とした景色を背景に描かれる。もの悲しい人間模様を映し出すような荒れる風と波。武満徹の作曲したテーマ音楽はそんな情景をイメージさせ、ドラマを観る人の心をとらえたのだった。ドラマの放送は1980年代。記憶に残っている人も多いのではないだろうか。当時のテレビから流れてきた貧弱な音質を思い起こしながら、尾高忠明指揮するN響の最新録音を聴くと、こんなすごい音楽だったのかと再認識させられる。3分あまりの短い曲の中に、武満でなければ書けない斬新で繊細な響きが込められている。
 武満徹の管弦楽曲といえば「弦楽のためのレクイエム」や、琵琶と尺八がオケと共演する「ノヴェンバー・ステップス」、少女のナレーションとともに描かれる「系図」など傑作&人気作がずらり並ぶが、テレビや映画のために書いた音楽にも印象的なものがたくさんあって、このアルバムに収録された「波の盆」はテレビドラマの音楽を演奏会用に編集したもの。2曲目の「組曲」は、映画『太平洋ひとりぼっち』、3~5曲目の「3つの映画音楽」も映画『ホゼー・トレス』『黒い雨』『他人の顔』のための音楽を編曲した作品だ。いずれも日本的ともヨーロッパ的とも言えない武満ならではの響きと独特な音の運びが異彩を放っている。映像のための音楽は武満にとって重要な分野だったのだ。没後25周年を記念するアルバム。2022年4月、東京芸術劇場におけるセッション録音だ。

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