[注目タイトル Pick Up] ついに配信解禁! 矢沢永吉の全638曲を1週間かけて聴いた / ハイレゾ時代の先端をいく「ART INFINI」の『ザ・ウルティメイト DSD11.2MHz』
掲載日:2022年10月25日
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注目タイトル Pick Up
変化し続ける作風の音楽にダニエル・ラノワが押す刻印
文/國枝志郎

 ブライアン・イーノの最新ヴォーカル・アルバムが話題の昨今だが、イーノのコラボレーターとしてキャリアをスタートさせたダニエル・ラノワの、イーノの新作とほぼ同時期にリリースされた新作がなんとピアノ主体によるアンビエント・タッチのインスト・アルバムだったのはたんなる偶然だろうか?
 ダニエル・ラノワはそもそもアトモスフェリックなギター・ワークとエンジニアリングで知られる存在だけれど、彼の前作『Heavy Sun』(2021年)は、めずらしくもシンガー・ソングライター的な側面にスポットをあてたヴォーカル・アルバムだった。さらにその前作にあたる『Goodbye to Language』(2016年)は、彼が得意とするペダル・スティールによる実験的なインスト・アルバムだったことからもわかるように、彼の作風はつねに変化し続けているのだが、その音楽にはいつでも初期のイーノとの作業において彼が獲得した独自の質感が維持されていて、それが彼の音楽にダニエル・ラノワの刻印を押していたのだ。
 今回の新作『Player, Piano』は、前述したようにピアノの響きを生かして、シンセサイザーやパーカッション、ストリングスが彩を添える作品である。そのピアノのサウンドも独特だ。ピアノの音は弱く、鈍い。ハンマーが弦に当たるアタック音を削って、20世紀半ばの音楽を思わせる柔らかでヴィンテージな響きを全面に押し出している。こういうサウンドをハイレゾ(48kHz/24bit)で聴くというのはたしかに不思議な気分にもなるが、しかし逆にハイレゾだからこそ、彼がこのようなシンプルでエレジー的な質感のサウンドに込めた思いが透けて見えるということはある。
 アルバムは13曲が収録されているが、そのトータルタイムはわずか34分と、短めのピースで構成されている。だが、その短いプレイングタイムの中で、彼の音楽は心地よくもいっぽうで実験的でもあり、また親密でありながらサウンドトラックのようなイメージを喚起するサウンドを生み出すのだ。これはBGMとして聴くこともできるけれど、しかしそれだけで終わる作品ではけっしてない。そこにはいわゆるラノワの「刻印」がしっかりとしるされている。ラノワらしい思慮深さがその音像と見事にマッチした、繊細きわまりない芸術作品なのだ。


 ポスト・クラシカル界のトップスター、作曲家、ピアニストとしてつとに知られるベルリンの音楽家、ニルス・フラーム。彼のフル・アルバムとしては2018年の『All Melody』以来4年ぶりとなるオリジナル・アルバム『Music for Animals』が登場したが、これが非常に驚くべき作品だった。なんと言ってもこのアルバムからはフラームのトレードマークともいえるあのピアノの音が聞こえてこないのだ。
 ピアニストではないダニエル・ラノワの新作がピアノ・アルバムであったこと、いっぽうピアニストであるニルス・フラームのアルバムからピアノが聞こえてこないこと……もちろんこれは偶然ではあるけれど、それにしてもやっぱりこれは衝撃的である。
 さらに驚かされるのは、この『Music for Animals』のプレイング・タイムである。トラック数は10。しかしそのランニングタイムのトータルは3時間を超えるのだ。ラノワの新作がトラック数13で30分ちょっとということとの対比。べつに比べてどうこうというものではないことはわかりつつも、いろいろと考えさせられてしまうこともまた事実だ。
 このアルバムは、コロナ禍のロックダウンの状況のもと、フラームがほとんどひとりだけで(一部、奥様のニーナによるグラスハーモニカの幽玄なサウンドが効果的に挿入されるが)作り上げたものだという。フラーム曰く「エゴのない音楽を作りたかった」とのことなのだが、フィールドレコーディングによる自然音もあちこちにちりばめられたこのアルバムには、これまでのフラームの音楽にあったような豊かなメロディはたしかにほとんどない。基本はドローン音響であり、そのドローンが3時間にわたってずっと続くというものだ。しかしよく聴くと、そのドローンが少しずつ肌理を変え、そしていつのまにか世界がすっかり更新され、書き換えられていくようなカタルシスを聴き手にもたらす。
 エゴのない音楽なんてそれはBGMにしかならないのでは? という人もいるかもしれない。ここにある音楽はたしかにエゴを排した音楽、いや音響である。だからこそ、この音楽はすべからくあらゆる生き物(Animal)に向けて発信されたのだ。フラーム家では、この音楽を聴きながら犬や猫がいつもよりリラックスしていたという。ぜひあなたもハイレゾ(96kHz/24bit)音響で試してみていただきたい。


 ときどきこういうとんでもないリリースがあるからハイレゾ掘りはやめられない。
 あがた森魚の大ヒット曲「赤色エレジー」を収録した1972年発売のメジャー・デビュー・アルバム(ちなみにファーストにあたる1970年の『蓄音盤』は自主制作)『乙女の儚夢』が、なんとDSD11.2とPCM192kHz/24bitというスーパーハイスペックハイレゾで登場したのだからこれはもう事件だ。
 そもそもこの企画は、キングレコード傘下に1972年に設立されたレーベルであるベルウッド(その後独立してベルウッド・レコード株式会社に発展)が今年2022年に設立50周年を迎えるにあたり、その記念プロジェクトとして未配信だった名盤52タイトルの配信(ダウンロード / サブスクリプション)をこの秋スタートさせるというものだった。はっぴぃえんどをはじめとして、高田渡、六文銭、はちみつぱい、西岡恭蔵、南正人、小室等、加川良、ザ・ディランII、友川かずき、中川五郎といった70年代のフォーク / ロック系アーティストの名盤が、9月末から順次配信でリスナーの耳に届き始めているのである。このハイレゾ配信もその一環だ。
 少し残念なのは、9月30日時点で配信が始まった36タイトルのうち、ハイレゾで配信されているのは半数以下の10タイトルにとどまっていること。さまざまな理由があるだろうが、これまでもハイレゾ・シーンにつねに話題を提供してきたキングレコードなので、できれば全タイトルをこの最高スペックのハイレゾでの配信を期待したいところだ。もっともそれは置いても、今回のハイレゾ・ラインナップ(はっぴぃえんど4作、六文銭、西岡恭蔵、はちみつぱい、高田渡、加川良、あがた森魚はそれぞれ1作ずつ)はやっぱりすばらしく豪華である。アナログマスターに込められた演奏者の思いや情念が、ハイスペックなハイレゾ・データによってすばらしい再生音響を現出させている。中でも今回選んだあがたの『乙女の儚夢』は、大正~昭和初期のムードをあちこちにちりばめ、のちのムーンライダーズの前身であるはちみつぱい(本作では蜂蜜麺麭名義)や鈴木茂、遠藤賢司といった豪華な布陣が参加していること、ヒット曲「赤色エレジー」のモチーフとなった劇画の作者である林静一のイラストがジャケットに使われていることなど、話題豊富な作品。続編にも大期待!

オイストラフ、ミルシテイン、アイザック・スターン、ホロヴィッツ…みんなウクライナ出身
文/長谷川教通


 ダヴィッド・オイストラフの1959年アメリカ録音が『The Art of David Oistrakh』のアルバム・タイトルでハイレゾ配信された。フォーマットはDSF2.8MHz/1bitだ。最近のUSB-DACならほとんどDSF音源に対応しているし、PCを再生プレーヤーとして使うなら、再生用のアプリもWindowsでは「foobar2000(無料)」がオススメだし、MacOSなら「Audirvāna Origin」という優秀な製品がある。買い切りで14,980円と少々値上がりしたが、CDを再生するためだけに高額なプレーヤーを買うことに比べたら間違いなくリーズナブルだと思う。音質の良さでも定評がある。
 オイストラフは1908年、まだロシア帝国時代の現ウクライナ・オデーサに生まれた。20世紀最高のヴァイオリニストと評されている。そういえば名ヴァイオリニストのナタン・ミルシテインもオデーサ生まれ。ウクライナ出身の音楽家ってとても多いのだ。このアルバムの「2つのヴァイオリンのための協奏曲」で第2ヴァイオリンを弾く(何という豪華なメンバー)アイザック・スターンもウクライナ生まれ。ピアニストではホロヴィッツも……さらにソヴィエトの2枚看板と言われたリヒテルとギレリスもウクライナ出身だ。すべて20世紀を代表する名手たちではないか。あらためてウクライナの底力を認識!
 さて前置きが長くなったが、『The Art of David Oistrakh』。このアルバムにはアナログ時代から決定盤と評されてきたチャイコフスキーとシベリウスのヴァイオリン協奏曲が収録されている。1959年のフィラデルフィアにおけるステレオ録音だ。指揮はユージン・オーマンディ。このオーケストラが巧い。オイストラフの演奏はきわめてオーソドックスに感じられるかもしれない。たしかに極端で恣意的な表現はない。そのように聴こえるのだが、それなのに半世紀以上も音楽ファンを惹きつけてきたのは何故なんだろうか。まずはヴァイオリンの音色だ。温かみがあって、弓がなめらかに弧を描く豊かなフレージングの魅力。チャイコフスキーの第2楽章のすばらしさ。でも注意深く聴いていくとテンポの動かし方、弓の使い方、ビブラートのかけ方など、細かい部分にさまざまな工夫が仕掛けられているのに気がつくだろう。そうしたオイストラフの意図を、まるで先取りするかのようにオケをドライブするオーマンディの指揮。シベリウスの第3楽章など、高速な弓飛ばしではどうしても不自然に詰まった印象を与えがちだが、オイストラフはまるで余裕。テンポが遅いわけではない。スケールの大きさと豊かで繊細な音楽性、ダナミックでスピード感があって……まさに「非の打ち所のない」とはこういう演奏なのではないだろうか。
 もうひとつ注目したいのが最新のリマスターで、これが1959年の録音とは思えない鮮度の高さ。もともとのアナログマスターの状態が良いのだろうと思うが、ヴァイオリン・ソロの音像がクリアでオケとの掛け合いもみごとにとらえられている。ステレオ初期の録音であり、マイクロフォンのセッティングやレコーダーの制約など苦労も多かったろうと想像されるが、これだけハイレベルな録音を行なっていたというのは驚異的だと思う。
 かつてのLP時代にはメンデルスゾーンとチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲がカップリングされ、「メンチャイの」愛称で親しまれたLPレコード。あのメンデルスゾーンも聴きたいというファンも少なくないだろう。こちらは96kHz/24bitで配信されている。1955年の収録なのでモノラル録音であり、さすがに硬質感は否めないが、ヴァイオリンの音像はくっきりと焦点を結び、オーマンディ指揮するオケでは細部の情報量がいくぶん少なくはなるものの全体のバランスは良好だ。カップリングされているモーツァルトのヴァイオリン協奏曲とともに演奏の良さは折り紙付きだ。


 ツィメルマンがシマノフスキを弾いた! これは嬉しいし、シマノフスキの生誕140年にふさわしいアルバムだ。カロル・シマノフスキは1882年ポーランドのティモシュフカ(現在はウクライナ)で生まれた作曲家。音楽ファンとしてはとても興味を惹かれる作曲家なのだが、それに比べて彼の知名度はかならずしも高いとは言えない。19世紀末から20世紀前半のヨーロッパは大きな時代の転換期。ロシア革命と帝国の崩壊、ハプスブルク帝国の崩壊、第一次世界大戦と、時代の荒波にもまれるヨーロッパで生きたシマノフスキ。音楽の潮流も大きく変化した。創作の初期にはワーグナーやショパン、スクリャービンなど後期ロマン派の影響を受けたが、それはアルバムに収録された作品1の「9つの前奏曲」からの4曲に現れている。ショパンを思わせる美しい作品。さらにはオリエントへの興味や印象派からの影響は作品34の「仮面劇」で聴き取ることができる。「20のマズルカ」や「ポーランド民謡の主題による変奏曲」は、ポーランド南部のタトラ地方の民族音楽に傾倒したことによる影響があるだろう。そうしたさまざまな要素を取り込みながら、独自の声を生み出していったシマノフスキの音楽。いまや現代最高のピアニストと評価されるクリスチャン・ツィメルマンが、同郷の作曲家の偉大さと、そのピアノ作品の魅力を伝えようと挑んだアルバムなのだ。
 録音は、2022年6月に広島県福山市のふくやま芸術文化ホールで行なわれた。ツィメルマンは「できることなら1年の3分の1は日本で暮らしたい」と言うほどの日本好きで知られるが、今回のホールは知人の豊田泰久が音響設計に携わったホール。響きに伸びがあって濁りがなく、ピアノの高音域がキラキラと輝くような録音に仕上がっている。なお「仮面劇」は、1994年にコペンハーゲンで録音され、これまでリリースされたことがなく、今回のアルバムに初めて収録された音源だ。e-onkyo musicにはピアノ作品だけでなく、交響曲や協奏曲、室内楽作品もラインナップされているので、ぜひ多くの音楽ファンにシマノフスキの魅力を探求してほしいと思う。


 ヴィルデ・フラングのヴァイオリン・ソロ、ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン……もうゾクゾク&ワクワクものの組み合わせだ。このドイツ・カンマーフィルは2014年以来パーヴォ・ヤルヴィが芸術監督を務め、グングンと評価を高めている注目の室内オケだ。今回のアルバムでは同オケの首席客演指揮者、フィンランド出身のペッカ・クーシストが率いる。ヴァイオリニストとしても超一級、ジャンルを問わず活躍するマルチ音楽家だ。プログラムはベートーヴェンとストラヴィンスキーのヴァイオリン協奏曲。まったく異なる性格の作品をどう料理しようというのだろうか。ベートーヴェンの第1楽章。オーボエの息の長いフレージング。弦楽合奏もピリオド奏法にありがちな癖の強いアクセントとはまったく違う。滑らかなフレージングと融け合う響き。そこにフラングのヴァイオリンが瑞々しい音色で入ってくる。「自分にとってこの作品は宇宙のように大きな存在」と言うフラングだが、ここでの彼女は気負いすぎることなく持ち前のしなやかな弓さばきとピアニシモの美しさでベートーヴェンに挑んでいる。第2楽章の高音域のささやくようなヴァイオリンの息づかい。そしてカデンツァの低弦によるフォルテから第3楽章へ流れ込む。鮮やかだ! ヴァイオリンはオケと一体となって疾駆するが、ここでも迫力だけでなく随所にピアニシモを入れてくる。その情景は、オケの響きが描き出す草原に透明感のある色彩で野草が花を咲かせているような、そんな爽やかさが素敵だ。なお第1楽章のカデンツァではティンパニー入りのヴァージョンが使われている。
 こういうベートーヴェンの後に続くストラヴィンスキー。作曲された1931年当時なら、十分前衛的であり、ワイルド感やテクニカルな面が注目されたかもしれないが、90年を経た現代なら、表面的な効果を追い求めるのではなく、楽譜に書き込まれた精緻さにこそ光を当てたい。フラングはテクニカルな面を過剰に強調したり、派手なパフォーマンスに走ることなく、一つひとつの音を拾い上げて緻密に積み上げることで多彩な表情を聴かせてくれる。激しさの中にも美しさがある。「Aria II」の重音で描くせつないような旋律からストラヴィンスキーの叙情性や人間味を引き出す演奏……そう、これがヴィルデ・フラングの意図する表現であり、ベートーヴェンとストラヴィンスキーをつなぐコンセプトなのだ。名ヴァイオリニストでもあるクーシストのサポートもすばらしい。録音ではソロとオケのバランスがとても自然で、ソロを無理に際立たせるのではなく、それでいて響きの中にヴァイオリンの音像がクッキリと浮かび上がる。ハイレゾならではの解像度やS/Nの高さが効果的に作用しているのだ。金管の強奏なども余裕で鳴らしてくれる。優秀録音だ。

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