[こちらハイレゾ商會]第109回 『リボルバー』これからは新ステレオ・ミックスにバトン・タッチ
掲載日:2022年11月8日
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第109回 『リボルバー』これからは新ステレオ・ミックスにバトン・タッチ
絵と文 / 牧野良幸
ビートルズの1966年アルバム『リボルバー』。その新ステレオ・ミックスがプロデューサーのジャイルズ・マーティンとエンジニアのサム・オケルにより制作され、ハイレゾでも配信された。セッション音源なども含めた『リボルバー[Super Deluxe]』とアルバムのみの『リボルバー[2022 Mix]』が96kHz/24bitで配信されている。
これまで『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』から『レット・イット・ビー』までの新ミックスを手掛けてきたジャイルズ・マーティンであるが、『リボルバー』がこれまでのアルバムより困難な状況だったことは想像がつく。
『リボルバー』のマスター・テープは4トラックだという。異なる楽器の音が同じトラックに録音されている。だから音を個別に編集することはできない……というのがこれまでの常識だった。
旧来のステレオ・ミックスは、ドラムとベースが左のスピーカーから一緒に出て、右のスピーカーからヴォーカルというように、ステレオとはいってもモノラルの複数の音を平行に並べた感じだった。60年代、または僕がビートルズを初めて聴いた70年代初期のステレオ装置なら、このステレオ・ミックスは許容範囲だったかもしれない。
しかし現在の僕のシステムで聴くのはかなり苦しい。今はホームシアターと兼用のため、大画面の邪魔をしないようにスピーカーの間隔を大きくあけてある(中央にはセンター・スピーカー)。これで初期ビートルズのステレオ盤LPをかけると、左右の音が離れすぎてとても聴く気になれない。まるで別々の部屋で演奏している人を隣のビルから見ているようなものである。『リボルバー』を含めてビートルズはモノラルのLPで聴くようになったのはそれが大きな理由だ。
話を新ステレオ・ミックスに戻そう。これまでビートルズ初期の録音はトラック数が少ないからヴォーカルや楽器ごとに編集できなかったことは書いた。だから『リボルバー』までのアルバムは、トラック数の増えた後期のアルバムのように新ミックスを作るのは難しいだろうなと思っていたのである。
しかし2021年の映画『ザ・ビートルズ:Get Back』で使用された“デミックス”という新技術を使うことで、同じトラックに入っているヴォーカル、コーラス、楽器音をまじりけなく分離することが可能になったという。そのうえで新たに組み直されたのが今回の『リボルバー』の新ステレオ・ミックスである。これってマルチトラックからサラウンド・ミックスを作るよりスゴイことではないか。
『リボルバー』の新ステレオ・ミックスの変更点をざっくり書くと、旧ミックスでは手薄だったセンターに、ドラムやベース、リード・ヴォーカルを持ってきて、まず中央を固める。その上で細かい調整を施すといった感じだ。
こうして作られたステレオ・ミックスを再生してみると、わが家のスピーカー位置でも左右が分断されず奇麗なステレオ音場となっている。音が溶け合っている感じも素晴らしい。
全曲が従来のミックスと明瞭に違うので聴き比べを楽しむ人も多いのではないか。僕も2009年発売のハイレゾ『ザ・ビートルズ USB BOX』収録のアルバムと曲ごとに聴き比べてみた。『ザ・ビートルズ USB BOX』はデジタル・リマスターが施されていたがステレオ感まではあまり改善されていなかった。聴き比べはプレイリストを組めば簡単にできる。
楽器の位置の移動以外で気付いたところを書いてみると、「アイム・オンリー・スリーピング」はポールのベースを強靭にしてフィーチャーしている。「ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア」では聴かせどころのコーラスをより大きくしてある。「フォー・ノー・ワン」ではキーボードの音が豊かになった。
ジョージの「アイ・ウォント・トゥ・テル・ユー」は全体が厚くなって存在感が増した。ジョージの1991年の来日公演のオープニングで演奏されたのを耳にして初めてけっこういい曲なんだなと見直したのだが、そんな感想が今回の新ステレオ・ミックスにもあてはまる出来だ。
特に気に入った「ゴット・トゥ・ゲット・ユー・イントゥ・マイ・ライフ」は、ブラスがヴォーカルを挟むように左右から広がる。旧来は狭い音場(右スピーカー)でブラスが鳴っていただけなので、この差は大きい。まるで70年代のシカゴやチェイスを聴くような豪快なブラス・ロックである。
音質も改善された。ブラスの音は絹ごしされたように繊細、透明感を帯びており、ここは24bitのハイレゾで味わいたいところだ。同じことは「エリナー・リグビー」のゴリゴリとした弦楽や、「ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア」のシルキーなコーラスにも言えて、“ハイレゾ映え”する音になっていると思う。
最後の「トゥモロー・ネバー・ノウズ」もいい。ジョンのヴォーカルを中央にしたことだけでも大きいが、カモメのような音、テープの逆回転といったエフェクト音を、ステレオらしく左から右へ、右から左へと細かく移動させ、芸が細かい。これでサイケデリック感が増した。ジョンもこのサウンドには満足するのではないか。
以上駆け足で書いたが、今回も思ったのがジャイルズ・マーティンのさじ加減の素晴らしいところだ。デジタル技術が向上しても最後はやはり制作する人間のセンスで作品の質は決まる。その点ジャイルズは筆の置きどころを心得ていると思う。
聴く前は『アビイ・ロード』が制作された1969年頃の空気を感じさせるステレオ・ミックスに仕上がるのではないかと予想したのだが、ハイレゾで個別の音に耳を傾けてみると、やはり現代的な音になっている(特にベース)。懐古的に聴いてもいいし現代のサウンドとして聴いてもいい仕上がりだと思う。
僕がステレオの『リボルバー』を初めて聴いたのはちょうど50年前の1972年(中学三年生)だった。あれから50年、アナログ・レコード、CD、『ザ・ビートルズ USB BOX』のハイレゾと聴き繋いできた。これからはこの2022年新ミックスにバトン・タッチしようかと思う。あと『リボルバー[Super Deluxe]』にはオリジナル・モノ・マスターの初のハイレゾも入っている。ステレオとモノラルの二刀流で聴くのも楽しそうだ。


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