[注目タイトル Pick Up]世界遺産級の「ニーベルングの指環」が192kHz/24bitで蘇る / タイヨンダイ・ブラクストンが新作で聞かせる野心とイマジネーション
掲載日:2022年11月22日
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注目タイトル Pick Up
世界遺産級の「ニーベルングの指環」が192kHz/24bitで蘇る
文/長谷川教通


 名指揮者ゲオルグ・ショルティの生誕110年、没後25年を記念した、ワーグナー「ニーベルングの指環」の2022年デジタル・リマスターが登場した。まずは「ラインの黄金」、そして年末には「ワルキューレ」、2023年の3月に「ジークフリート」、5月には「神々の黄昏」が予定されている。音源のフォーマットは192kHz/24bitだ。「えっえっ!」と驚く人もいるのではないだろうか。これ以上は望めないほどのワグナー歌手たちに、ショルティとウィーン・フィルによる覇気の漲る名演が加わって、半世紀以上を経た現在も最上級の「指環」と評価されている。その録音の優秀さも驚異的なもので、これまで何度かデジタル化されてきたし、ハイレゾでも配信された。ただ、この音源は44.1kHz/24bitだったし、おそらく1997年にデジタル化されたものだと思う。CDが主流だった10数年前に24bitでデジタル変換したというのは先見の明ありだ。CDに比べ鮮度、解像度、Dレンジなど、あきらかに優れていた。何しろ半世紀のオリジナルのアナログ・テープであれば、傷みがあるのは仕方がない。それならば、ハイレゾ配信するにあたって時間的にもコスト面でも、あえてハイサンプリングでデジタル・リスターするより、1997年のデジタルリマスターを採用するほうが良いと判断されたのだろう。
 しかし、デジタル技術は10年もすれば次元の異なる進化を見せる。ハイレゾ配信の普及も目覚ましい。そのような状況にも後押しされ、もう一度オリジナルのアナログ・マスターに立ち返って、テープの痛んだ部分を手間を惜しむことなくていねいに修復し、進化してきたデジタル技術を駆使することで、現代のデジタル音源にふさわしい音質に仕上げようと取り組んだのだ。その成果はいかに?? 「ラインの黄金」のクライマックスを試聴した。29~30トラック。奥から聴こえる女声コーラスがクッキリとして、しかも手前の男声ソロとの距離感が手に取るようにわかる。オケの低音域における明瞭度とたしかな音程感。吹き上がるようなDレンジの迫力。金管楽器の鮮烈で生々しい咆吼。デッカ・レーベルで数々の名録音を生み出したウィーン・ソフィエンザールでの録音であり、ウィーン・フィルの弦楽器セクションや金管楽器の倍音成分、さらには奥行き方向の情報や空間の響きも収録されてパースペクティヴな音場が再現されている。アナログ・マスターに記録されている情報量には想像以上のものがあり、これを44.1kHzのサンプリング周波数でデジタル変換するにはやはり荷が重いようだ。アナログらしい輝きや濃密さを引き出すには192kHzでの変換が必須だった。いやー、すごい。これがステレオ初期の録音か! と感激するばかりだ。全曲発売が待てないという人には、主要なシーンを抜粋して収録したアルバム『ワーグナー:楽劇「ニーベルングの指環」ハイライツ』がいい。世界遺産級の録音の限りなくマスターに近づいた「音」を確認してほしい。




 終わりの見えない戦争が続いている。ウクライナへの想いを込めてヴァレンティン・シルベストロフの作品を聴く。シルベストロフは1937年ウクライナのキーウ生まれの作曲家。若い頃はバリバリの前衛だったが、30歳代の半ばからは急速に音楽の方向性を転換させ、「郷愁」という言葉を連想させる作品を書くようになっていく。音の数は少なくなり、調性や昔から連綿とつながる旋法を意識した音楽。それは過去への回帰であり、大地に暮らす人間性の回復であり、音楽的には偉大な作曲家たちへの敬意であり、そこらから刺激を受けた作曲家の感性から湧き上がる旋律や響きは、過去から反射する「こだま」となって現代の人々につながり、心の奥底に染み込んでいく。
 シルベストロフへの関心の高まりが、ロシアによるウクライナ侵攻が契機になったことは確かなのだが、じつはそれ以前から注目されていて、シルベストロフの音楽に魅せられた音楽たちの活動によって確実に拡がりを見せていた。たとえばピアニストのエレーヌ・グリモーはアルバム『メッセンジャー』で、モーツァルトとのつながりをみごとなプログラミングと演奏で表現した。シルベストロフは新しい音楽、刺激的で斬新な音楽を書こうとしているのではない。シューベルトが知人の結婚式で即興演奏した旋律を、出席した人が後に楽譜に起こしたとされる「クーペルヴィーザー・ワルツ」をベースにした「Wedding Waltz」など、まさに過去からの「こだま」と言えるだろう。妻ラリッサ・ボンダレンコの死をきっかけに書かれた「The Messenger」など、一度聴いたら、もう忘れることができないほど印象的な音楽なのだ。グリモーは、そんなシルベストロフの音楽だけでまとめたアルバムもリリースしている。それが『Hélène Grimaud plays Valentin Silvestrov』だ。「Bagatelles I-XIII 」の3曲に、「Wedding Waltz」を含む「Two Dialogues with Postscript」の3曲、そして「The Messenger」のピアノ・ソロ・ヴァージョンというプログラムになっている。ピアノのピュアな音色に魅せられる。
 さらに注目のアルバム『Silvestrov』を聴こう。ヴァイオリニスト、ダニエル・ホープがウクライナのピアニスト、アレクセイ・ボトヴィノフと組んだ最新アルバムだ。このアルバムでは、ショパンやバッハへのオマージュとともに、ホープがシルベストロフに委嘱した「Pastorales 2020」が収録されている。作曲するにあたって、ベートーヴェンの牧歌的な交響曲につながる作品を提案されたという。その意図は、まさにベートーヴェンからの「こだま」に違いない。新型コロナウイルスのパンデミックで、全曲演奏を披露する機会が持てなかったと言うが、このアルバムが世界初録音となった。ピアノの低音域がグーンと伸び、ヴァイオリンにも分厚い響きがあって、シルベストロフの音楽がただ美しいだけでなく、その奥底に哀しさや怒り、強靱な意思が流れていることを伝えてくれる。
 キーウへの爆撃が始まり、シルベストロフはかろうじてベルリンに逃れることができたが、ベルリン到着の日にホープによるチャリティ・コンサートが開催され、それを聞きつけたシルベストロフはコンサート会場に駆けつけ、最前列で聴いたという。シルベストロフは席を立ち熱烈なスピーチのあとピアノに向かい、ウクライナからの逃避中に思い描いた曲を弾いた……信じられないほど美しい音楽だったという。いつか聴けるといいなと思う。木枯らしが吹きすさぶ季節に、誰もが心にしまっていた「自分自身の原風景への郷愁」を想い起こすとともに、大切な「原風景」を破壊されてしまっている人々の心に寄り添ってほしいと願う。





 チェロとピアノによる小品集。4つのアルバムを合わせると61曲。音楽好きなら、ほとんどが「よく聴く」「聴いたことがある」「知ってる」「好き」、そんなメロディがずらりと並んでいる。チェロの藤森亮一とピアノのカール=アンドレアス・コリーは、長年パートナーとしてマイスター・ミュージックに録音している。このレーベル、マニアなら知らない人はいない。2本のマイクロフォンによるワンポイント・ステレオ録音であまりに有名だ。しかも使用するのは世界に十数ペアしかないというスウェーデンのデトリック・デ・ゲアールによるハンドメイド。製作には1年もかかるという。直径80mm、高さは270mmもある大型真空管(ECC85=12AU7)マイクロフォンだ。この大型マイクロフォンを2本、スタンドに一定の間隔で取り付けて最適な高さにセットする。良い音で録れるかどうかは、楽器の音色とホールの響きがバランスする最良のポイントにマイクロフォンをセットできるかどうかにかかっている。マイクロフォンをピアノのボディに突っ込んで強烈なアタックを録ったり、チェロに近接させて生々しい音色を狙うこともできない。あくまで自然で豊かな響きを求めるためのノウハウが生命線となる。
 藤森亮一のチェロはとても優しくで馥郁とした音色。とくに中低域の深く穏やかに鳴るチェロの鳴りが格別だ。これらのアルバムはいっきに録ったわけではなく、数年かけて収録されているのに音色や響きの拡がりに違いはない。レーベルを主宰する平井義也のノウハウと藤森の音楽的な狙いが一貫しているということだろう。今回はDSD5.6のファイルで試聴しているが、じつに快い音場感。ステレオ再生だから定位がどうのとか、解像度だ鮮度だとかDレンジがどうのF特が……そんなことはどうでもよろしい。藤森の演奏は巧いし、ていねい。感情を入れすぎることもなく。あえて個性的であろうとオーバーアクションすることもなく、あくまで美しい旋律が豊かな響きの中に浮かび上がる。「チェロっていい音だなー」と日常のストレスから解放され、心に潤いが湧きだし、静かに音楽に浸る幸せな時間が流れていく。

タイヨンダイ・ブラクストンが新作で聞かせる野心とイマジネーション
文/國枝志郎

 フリー・ジャズ界の重鎮、アンソニー・ブラクストンの息子として生まれたタイヨンダイ・ブラクストン。父アンソニーの存在は当然のことながらあまりにも大きく、若き日のタイヨンダイは父親に反発するようにパンクやヒップホップといったストリートの音楽にのめり込んでいき、2002年には実験的ロック・バンド、バトルス(Battles)を結成した。バトルスは2007年にイギリスのWARPレーベルからファースト・アルバムをリリースするが、タイヨンダイはバンド結成前の2000年から2003年までの間に3枚のソロ・アルバム(共作含む)を制作している。とくに2002年の『History That Has No Effect』は、すでに彼の関心がクラシック / 現代音楽や電子音楽へと向いていきつつあったことを伺わせてくれる作品として重要なものだった。
 2009年のソロ『Central Market』ではオーケストラとの共演を果たし、2012年にフェスティバル「I'll Be Your Mirror」でフィリップ・グラスとコラボした後、現代音楽の代表的なレーベル、ノンサッチからのアルバム『HIVE1』(2015年)では打楽器とエレクトロニクスという新機軸を打ち出してまたしても我々を驚かせたことも記憶に新しい。タイヨンダイのノンサッチ / ニュー・アムステルダムからの最新作『Telekinesis』は、エレキ・ギター、オーケストラ、合唱とエレクトロニクスのための大規模で本格的なスタジオ作だ。
 大友克洋の『AKIRA』にインスパイアされているということもこの作品を特別なものにしているのは間違いない。アルバムは4つの楽章で構成される。不穏な弦楽器と管楽器の不協和音から始まる第1楽章「Overshare」、刺激的なエレクトロニクスが炸裂する第2楽章「Wavefolder」、緩徐楽章的な静けさを讃えつつ、続くクライマックスを予感させる第3楽章「Floating Lake」、そして最終楽章の「Overgrowth」は不吉に鼓動する強烈なビートと不協和音で激烈なフィナーレを形成するが、コーダでは突然テクスチュアが薄くなり、静けさの中で最弱音のパーカッションが謎めいた結末へと導くのだ。
 この野心的でイマジネーションに満ちたアルバムは、間違いなくタイヨンダイの最高傑作と言い切れる。音響的にも広範なダイナミック・レンジはハイレゾ(44.1kHz/24bit)にふさわしい。


 ハイレゾ・シーンを常に揺るがし続けてきたキング・レコードからまたしても素晴らしいハイレゾ・リリースが!
 “世界に通用するフュージョン・レーベルを!”を掲げて、70年代後半にキングレコードから誕生したレーベル、エレクトリック・バード。日本発信ながら日本人以外にもニューヨークの著名なアーティストを次々と起用し、最先端のフュージョン・サウンドを届けてくれたこの素晴らしいレーベルのカタログは過去にもハイレゾでの配信をおこなっていたけれど、今回その第二弾として20タイトル以上の素晴らしいカタログがハイレゾ・リリースされることになった。
 ジョージ・ベンソンやデヴィッド・サンボーン、ルー・ソロフ、ロニー・フォスターといった海外の名うてのミュージシャンのカタログも壮観だが、今回取り上げたいのは今や映画音楽のコンポーザーとしても多くの作品を手掛けるサックス・プレイヤー/コンポーザー、清水靖晃が70年代終わりから80年代初めに発表したソロ・アルバムである。
 当時の清水は、伝説の実験的ジャズ・フュージョン・ユニット、マライアのリーダーとして活躍しており、その表現意欲は留まるところを知らない時期であった。そんな時期に、まず彼にとって2枚目のソロとなる『ファー・イースト・エクスプレス』を1979年に発表する。トニー・レヴィンやジョージ・ヤング、ルー・ソロフなどニューヨークのミュージシャンを起用したスムースなフュージョン・アルバムとして話題になった1枚である。
 しかし、その翌年の1980年にリリースされたサード・ソロ『ベルリン』はいい意味でとんでもないアルバムだった。笹路正徳や山木秀夫、土方隆行などマライアのメンバーも大勢参加したこの作品は、スムースなフュージョンだった前作から一転、不穏なムードをたたえたコンセプト・アルバムとなって、聴き手を驚かせたものである。このアルバムでは、めずらしく清水自身のヴォーカルも聴けるが、その曲のタイトルは「キリストの呪文を砕け」なのだ……。そのほか、シンセサイザーが印象的な「鉄の壁」、濱瀬元彦のベースが活躍するアブストラクトなジャズ「ゼップ」、ア・カペラのコーラスのみで絶妙なハーモニーを聴かせる「愚かなりわが心」など、ひとことでこれ! と語れない複雑怪奇(褒め言葉です)な作品。最高スペックのハイレゾ(192kHz/24bit)での配信となったことに、関係者がこのアルバムに込めた想いを見るようだ。


 フランスのシャンソン歌手として、エディット・ピアフと並び称されるバルバラ(1930~1997)。その芸術性は高く評価されているが、現時点では国内盤CDとして新品を入手するのはなかなか困難。2014年に『L’Aigle Noir』、2016年に『Olympia février 1978』、そして2017年には1985年に録音されながら未リリースだったアルバム『Lily passion[Enregistrement studio inédit]』がハイレゾで配信リリースされていたが、それはごく単発的なリリースであったこともあり、大きな話題となることはなかったのだ。
 そうした状況も、今回一挙に6タイトルのアルバムがハイレゾでリリースされたことで変わることになるかもしれない。
 配信されたのは『Bobino 1967』(1967年)、『Une soirée avec Barbara - Olympia 1969』(1969年)、『Théâtre des Variétés 1974』(1974年)、『Olympia 1978』(1978年)、『Récital - Pantin 81』(1981年)『Lily Passion』(1986年)で、すべてライヴ・アルバムだ。
 中でもどれか1枚といえば、『Bobino 1967』をあげておきたいと思う。バルバラが1966年12月にパリのボビノ座で行なったリサイタルを収めたのが本作。当時の邦題は『ボビノ座のバルバラ』だった。
 ジョス・パセリのアコーディオンとミシェル・ゴードリーのコントラバスが、ピアノを弾きながら歌うバルバラをサポートして親密な音楽を奏でる本作は、意外なことに日本ではLPが出たのみでCD化はされなかった。しかしこのアルバムは、60年代のライヴとしては異例に音が良く、LP時代では瀬川冬樹と柳沢功力が、CD(LPの10曲に6曲を加えた2007年発売のフランス盤と思われる)では和田博巳氏がオーディオ機器の試聴やオーディオショウ等で積極的に紹介したこともあり、オーディオ・ファンにはおなじみのディスクでもあったのである。そういう経緯もあり、2019年にはステレオサウンドからオリジナル・マスターをベースに作成されたシングルレイヤーSACDとCDのカップリング・アルバムがリリースされた。ただしこちらはオリジナルLPと同じ10曲入りのヴァージョンとして制作されている。いっぽう今回のハイレゾ(48kHz/24bit)版はCDと同じ16曲版である。ステレオサウンド盤からのDSDデータの配信があればとも思うが、それは贅沢な望みだろう。今はまず、このすばらしい16の世界に耳を傾けたい。

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