[注目タイトル Pick Up]伝統継承と変化を見せたウィーン・フィルの2023年ニューイヤー・コンサート』 / 「日記のように」録音された坂本龍一の最新アルバム『12』
掲載日:2023年1月24日
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注目タイトル Pick Up
伝統継承と変化を見せたウィーン・フィルの2023年ニューイヤー・コンサート
文/長谷川教通

 毎年の恒例であれば、今年は何か違う演出をなどと考えがちだが、ウィーン・フィルによるニューイヤー・コンサートにかぎっては、長年培ってきた伝統を継承しながら、少しずつ変化させていく……そこが大切なのだと思わせてくれるコンサートだった。指揮者は2010年、2013年に続いて3回目の登場となったフランツ・ウェルザー=メスト。1960年、ウィーンから150kmほど西にあるオーストリア第3の都市リンツの生まれ。ウィーン・フィルとは1998年のデビュー以来、定期的に指揮台に上がり良好な関係を築いている。ところが2010年に就任したウィーン国立歌劇場の音楽監督は任期を残して2014年に辞任してしまう。歌劇場総裁との芸術的な方針の対立が要因だったとか。おそらく音楽家としての信念を貫いたのだろう。現在はクリーヴランド管の音楽監督だが、総裁も交代したことだし、近い将来ウィーンに戻ることはあるのだろうか。何故って、いまウィーンの音楽界に必要な指揮者は彼をおいて他にないと思うからだ。ウィーンの伝統を担いながら、室内楽的とまで評される精密なオケのコントロールを聴かせるウェルザー=メスト。
 2023年のニューイヤー・コンサートは近年でも最上の出来だった。ポルカを数多く取り入れた活気ある音楽。初登場の作品も、じつに雄弁で、しかも随所にスパイスをきかせるオケの生き生きした表情が印象的だ。つまり、締めるところは締めるという生真面目さを発揮させて音楽的な完成度を追求しながら、同時にオケの自発性を引き出すことで、いかにもウィーンだ! と聴衆を唸らせる歌い回しがみごとだった。オケにも指揮者にもウィーン=オーストリアの血が流れているのだ。10トラックのヨーゼフ・シュトラウス作曲のポルカ・フランセーズ「上機嫌」ではウィーン少女合唱団が登場。これもニューイヤー・コンサートで初めてのこと。そういえば楽団員にも女性奏者が増えてきた。そのような流れを受けてウィーン・フィルも変化し続けていくのだ。NHKの放送で愉しんだ音楽ファンも多いだろうが、放送の狭い帯域に圧縮された音ではおそらくと満足できないのではないだろうか。BDでもリニアPCMの2chは48kHzのサンプリングだし、DTS HD Master Audio/5.0chサラウンドも48kHzベースだ。響きの精細感や音色感、帯域やダイナミックレンジの伸びなど、かなり違うので、ぜひ96kHz/24bitのハイレゾ音源で聴いてほしい。


 最近のクラシック音楽界では若手の演奏家が次々に登場している。とにかく巧いし、表現力もすごいのだ。ヴァイオリンではスペイン生まれのマリア・ドゥエニャス。まだ20歳なのに2022年10月にドイツグラモフォンとの専属契約が発表された。ぜひハイレゾで聴きたいアーティストだ。そしてチェロでは2006年アメリカ生まれのミリアム・K.スミスが注目の的。2020年録音のデビュー・アルバム『Flair』に続き、第2弾『Momentum』がリリースされた。“天賦の才能”から“勢い&躍動”へとアドヴァンスしたのだ。まだ10代半ばの彼女が示す進化の軌跡と言えるだろう。プロコフィエフにストラヴィンスキー、ブーランジェ……20世紀前半に焦点を合わせたプログラムだ。まずはプロコフィエフのチェロ・ソナタの冒頭、あの低音域をどう鳴らすんだろう? とワクワク。D-C-G……と鳴るチェロのボディ。ウァーいい音だ! C線の開放弦がとても豊かに響くではないか。楽器は18世紀の作者不詳とされているが、なかなか良いチェロだ。誰が作ったって、良いものは良い! 低音の鳴らないチェロには魅力がない。ブーランジェの「チェロとピアノのための3つの小品」でのしなやかに伸びる高音域の旋律も美しい。オーディオ・ファンにもぜひ聴いてほしい。このチェロの良さをリアルに再現できるシステムであってほしい。
 ストラヴィンスキーの「プルチネルラ」からの抜粋で構成された「イタリア組曲」はチェロで演奏されることも多いが、スミスの演奏は軽やかで優美。第1曲「Introduzione」はYouTubeにもアップされているので観てほしい。この映像では、彼女自身の演奏に合わせて、みずからの振り付けで踊っているのだ。演奏&振り付け&バレエの三刀流ではないか! その愉しげなことといったら、観ているほうまで嬉しくなってしまう。すでにアメリカのオーケストラとの協演、室内楽などと大活躍しているが、彼女の才能であれば、やがて世界的なトッププレーヤーに成長するに違いない。その演奏にももちろん期待したいが、若さがあるからこそ発散されるフレッシュな感性を愉しめるのもいい。


 チャイコフスキーの交響曲と言えば、ムラヴィンスキーとレニングラード・フィルの録音があまりに有名だが、だからといってマルケヴィチ指揮するロンドン交響楽団の全曲録音(交響曲第1~6番、マンフレッド交響曲)を聴き逃してほしくない。フィルハーモニア管弦楽団を振ったストラヴィンスキーの「春の祭典」とともに、マルケヴィチを代表する録音だからだ。この演奏が96kHz/24bitのハイレゾ音源で配信されたのだ。1962年~1966年のフィリップス録音で、音の状態はいくぶんの硬質感はあるものの、解像感もダイナミックレンジも十分で、パワフルでスケールの大きなサウンドが炸裂する。この時代のアナログ録音の特長がよく出た音質だと言えそうだ。第6番は1962年録音だが、1960年録音のムラヴィンスキーにも匹敵する名演奏で、キビキビとしたテンポはマルケヴィチらしいし、第1楽章で吹き鳴らされるブラスの鋭さに圧倒される。第3楽章もけっして煽り立てるような指揮ではないのだが、切れ味の鋭いアタックとリズムの扱いなど、正確さと厳しさ、思い切って打ち鳴らす打楽器の迫力などが聴きものだ。第4楽章にもセンチメンタルな表情がなく、あのワシ鼻と眼光鋭い目の表情そのままの音楽が聴ける。当時はチャイコフスキー初期の交響曲が録音されることが少なかっただけに、マルケヴィチの録音は評判になったし、中でも「マンフレッド交響曲」は名演奏だ。各声部の動きが明瞭で、オケの手綱をキリリと引き締め、細部にまで神経を張り巡らせた指揮で、この作品の評価を高めることにつながったと言える。終楽章の弦合奏の盛り上がりと打楽器の強打など、もうゾクゾクしてしまう。そして1966年の第5番。録音が新しいだけに、やはりオケの響きにグッと厚みが加わって、ブラスの鮮度もいい。冒頭のピーンと緊張した中にA管クラリネットが愁いを帯びた音色で聴こえ、やがて弦と管が加わりリズムが変わって音楽が動き出す。そのあたりの巧みな指揮ぶり。第3楽章ワルツのテンポ感もとても好ましい。そして終楽章の堂々とした弦合奏。重心のしっかりした響きで歩みを進める。すばらしい。

「日記のように」録音された坂本龍一の最新アルバム『12』
文/國枝志郎

 2022年末に「この形式での演奏を見ていただくのは、これが最後になるかもしれない」という覚悟のもと配信された無観客ライヴ「Playing the Piano 2022」に続いて、坂本龍一の最新スタジオ・アルバム『12』が、坂本の71歳の誕生日(1月17日)にリリースとなった。
 本作は彼がこれまで住み、音楽活動の拠点としていたニューヨークではなく、現在の彼が住む東京の「仮住まいの狭いスタジオ」で2021年3月10日から2022年4月4日までの390日間に「日記のように」録音されたナンバーで構成され、それらは鐘の音のみで作られた1分弱のコーダ的なラスト・トラックを除いては制作日順に並べられている(具体的な曲目はなく、トラック名は「20220310」のようにすべて録音年月日となっている)。癌の宣告を受けた坂本は、手術から回復する過程で、シンセサイザーに手を伸ばした。「ただ、音のシャワーを浴びたかったんだ」と坂本は言う。そうして作られた日記のようなアルバム『12』は、ためらいや苦しみを内包しつつも、ある種の長閑と希望を坂本本人のみならず、聴き手にももたらすアルバムであると言えるだろう。
 アルバムは坂本が言うように、シャワーのようなシンセサイザーの柔らかな高音のハーモニーによる「20210310」からスタートする。そのコーラスがゆっくりと遠くへ移動していくと、変わって深い低音が大きく強調され、不安を煽るような効果をもたらす。2曲目になって初めて坂本のトレードマークであるアコースティック・ピアノが出てくるが、そのくぐもった音は坂本が日本に来てから購入したというアップライト・ピアノによるものかもしれない。この音を聴いたとき、2022年末にリリースされて以来愛聴している伊達伯欣の2022年末リリースの最新作『438Hz As It Is, As You Are[あるがまま、あなたのままに]』の印象的なアップライト・ピアノの音を思い出したりもした。ちなみに伊達は以前坂本と共演したアルバムを作ったりもしているアンビエント・ミュージシャンで、漢方医として活動をしているひとでもある。
 全般的にピュアなトーンを聴かせるというより、フィールドレコーディング的に挿入される(というより、偶発的にマイクに入り込んだとも言える)生活音やノイズが、さらにこのアルバムの日記性のようなものを強調する。前作『async』に続き今回もハイレゾ配信があるのは当然として、前作よりスペックはダウンしているが(96kHz→48kHz)、この一筆書きの日記にはふさわしいと言えるかもしれない。


 それにしてもまさかクランプスをハイレゾ(96kHz/24bit)で聴ける日が来るとは……。世の中わからないものです。
 クランプスはガレージ・ロック、パンク、サイコビリー・バンドとして1970年代後半から活動してきたバンド。ラックス・インテリア(vo)とポイズン・アイヴィ(g)夫婦を中心にニューヨークで結成され、1980年にはブライアン・グレゴリー(g)、ニック・ノックス(ds)の4人編成でアレックス・チルトン(ボックス・トップス、ビッグ・スターのメンバーとしても知られるアメリカのシンガー・ソングライター)のプロデュースによるファースト・アルバム『Songs the Lord Taught Us』をアメリカのインディ・レーベルの草分けとも言える(一般的にはR.E.M.を排出したことで知られる)I.R.S.レコードからリリースしてアルバム・デビュー。結成から33年目の2009年にはオリジナル・メンバーのラックス・インテリアが死去し、バンドはその歴史に幕を下ろした。活動歴の長さに比べるとオリジナル・アルバムのリリースは十数枚と少なめではあるが、その影響下に生まれたバンドやアーティストは数知れず、現在に至るまでその影響力は大きい。日本では国内盤としてリリースされることは多くなかったものの、来日もしている(そのうち一回はギターウルフとのダブルヘッドライナーによるツアー)こともあり、じつは案外多くのファンを抱えていたバンドでもあった。
 本作『Bad Music for Bad People』は、1984年にI.R.S.レコードがリリースしたクランプスのコンピレーション・アルバムの第2作。このアルバムがリリースされたときに、バンドはすでにこのレーベルを離脱していたのだが、レーベルはなんと前年に出したコンピレーション・アルバム『...Off The Bone』から数曲カットして新規に2曲追加しただけのこのアルバムをリリース。多くのファンからは「金儲けのためのアルバム」と揶揄されたが、当時のイギリスの音楽誌『Sounds』が、このアルバムの成り立ちに疑問を呈した上で、あえて最高の5つ星を与えたように、ここで聴ける音楽は最高にすばらしい。ハイレゾ化で今までこのバンドの音を聴いたことのない人の耳にも届いてほしいところだ。


 2022年をもってすべての音楽活動から引退を告げた吉田拓郎。2022年6月には最後のオリジナル・アルバム『ah-面白かった』がリリースされ(ハイレゾ版もあり)、そのライヴ・セッションの映像版も年末に発売された。それらの素晴らしさもあっていまだ名残惜しむ声は鳴り止まないが、その映像版ラスト・アルバムの発売にあわせるようにして、吉田が「よしだたくろう」を名乗っていた時代にリリースしたアルバム『今はまだ人生を語らず』のリイシュー盤が発売されていた。CBSソニー時代の最後のオリジナル・アルバムとして1974年12月に発売されたこのアルバムのリイシュー盤のフィジカル版はアナログ・7インチジャケット・サイズのスペシャル紙ジャケット仕様(見開きダブル・ジャケット)で、バーニー・グランドマンによる最新リマスタリングを施され、高音質を追求したSACDハイブリッド・ディスクでの発売と、非常に気合の入ったリリースであったが、なんといっても今回のリイシューが話題を呼んだのは、それがオリジナルの12曲仕様でのリリースであったからである。
 そもそもこのアルバムは「ペニーレインでバーボン」が冒頭に置かれていた。「ペニーレイン」は、ビートルズの曲から店名をとった原宿のジャズ喫茶。吉田がこの曲を歌ったことで当時「フォークの聖地」とまで言われて人気を博したことでも知られる。このアルバムは1986年に初めてCD化され、1990年には廉価盤CDとして発売されたが、その際にこの曲の歌詞の一部に差別的表現が含まれているとして生産中止に。その後、2009年のボックス・セット、また2016年のリマスター再発(ハイレゾ配信も含む)では、「ペニーレインでバーボン」をカットし、「人生を語らず」からスタートする全11曲仕様の『今はまだ人生を語らず−1』のタイトルでの発売となっていたのだった。
 そんな経緯を辿ったアルバムが、今回ついにオリジナルどおりの12曲仕様でふたたび陽の目を見たのである。
 ハイレゾとしては前述のとおり、「ペニーレインでバーボン」を除く11曲はすでに2016年に配信(96kHz/24bit)されていたが、今回は全12曲が最新リマスターでハイレゾ化。スペックは2016年盤と同一ながら、やはりこの12曲をすべて聴ける今回のリイシュー盤はファンなら必聴の涙ものであることは間違いない。

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