[注目タイトル Pick Up]パッパーノの想い入れ、出演者の意気込みが伝わる『トゥーランドット』の名演 / Buffalo Daughterの2作がオノ セイゲンのリマスターでハイレゾに
掲載日:2023年3月28日
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注目タイトル Pick Up
パッパーノの想い入れ、出演者の意気込みが伝わる『トゥーランドット』の名演
文/長谷川教通

 冒頭のブラス……その鮮烈さで聴く者のハートを鷲づかみにする。これほど壮大なオペラをセッション録音したのだから、その演奏にかけるパッパーノの想い入れは相当なもの。出演者の意気込みも伝わってくる。プッチーニが王朝時代の中国を舞台に、氷姫と異国の王子による3つの謎解き物語をベースに創作したオペラ。最後の部分はスケッチだけで未完だったのだが、後にフランコ・アルファーノによって補筆完成されている。今回の録音では、その初稿版を使用し、トスカニーニによってカットされた部分も復元した世界初の完全全曲録音だ。
 第1幕は謎解きの前段として、流浪の王子カラフと父、そして献身的に父を支えカラフに思いを寄せる召使いリュウの再会。リュウのアリアでジーンときてしまう。アルバニア出身のエルモネラ・ヤオが歌うリュウは淡くて美しい。そこに一途な想いと強さが加わってとてもいい。それを受けるヨナス・カウフマンのカラフも強靱な声と柔らかいピアニシモによる感情表現がすばらしい。新しいカラフ像と言えそうだ。第3幕の「誰も寝てはならぬ」は“さすが!”と拍手したくなる。ソンドラ・ラドヴァノフスキのトゥーランドット姫は圧倒的な高音域を聴かせ、ドラマティックな表現がものすごい。この役は難しい。声の冷たさや硬質感は不可欠だが、そこに女性らしさや人間の弱さも感じさせてほしい。3つの謎が解かれてしまった後の狼狽する姿。優しさを取り戻していく……。METでも活躍する“今、聴くべきソプラノ”の一人と言えそう。
 クライマックスに向けてパッパーノの指揮が冴え渡る。オケに勢いがあって、プッチーニが書き込んだエキゾチックなリズムと壮大なオケの響きを巧みにコントロールし、鮮やかな絵巻物を見るような音楽の流れ。そしてコーラスがいい。サンタ・チェチーリア国立アカデミー合唱団、児童合唱団の熱唱だ。『トゥーランドット』におけるコーラスは、主役以上にドラマを牽引する大切な役割。すべてが高いレベルで融合した名演として、このオペラのレファレンスとなるべき録音芸術の誕生だと思う。

 ショパンが亡くなったのは39歳。ラファウ・ブレハッチもその年齢に近づいている。彼にとってショパンは大切な作曲家であるし、ピアノ・ソナタの第2番や第3番など、これまでに何度も弾いているだろう。繰り返し弾けば弾くほど、曲への理解は深まるだろう。けれども、年齢により積み重ねた経験や勉強が自分の感性を育て、同じ作品でも新たな気づきがあったり、より深まった解釈ができるようにもなる。それによって響きやアーティキュレーションにも変化か起きる。あるべき音、響きが見えてくる。ブレハッチの新録音を聴いてまず思ったのは「この時期だからこそ弾いておきたい、聴いておきたい、録音しておきたい」ということ。その演奏を聴けることの悦びは計り知れない。だから何度も何度も聴き直した。音色の美しさ、響きの純度の高さは言うまでもないが、聴くたびに和音の変化、強弱、タッチの変化、一瞬の間の作り方、テンポの動かし方、わずかなルバート……そうしたアーティキュレーションの妙が伝わってきて、いったいどれほどの時間をかけて楽譜と対話したのだろうかと感動してしまう。しかも、それを恣意的だと感じさせない。そこまで表現を昇華させているのだ。
 彼は読書好きでも知られているが、おそらく表現の在り方や芸術性、哲学などの勉強も続けているに違いない。そうしたことが、けっして表面的な表現にとどまることなく、音楽の心を聴き手に届けてくれているのだ。録音にあたっては、できるだけブレハッチの演奏を自然なかたちで捉えようとしているようで、マイクはある程度の距離を保ち、直接音と響きのバランスがとても快い。鮮烈さや近接音をねらった録音とは一線を画したもので、技術的であるよりも音楽的であることを意図したもの。ブレハッチ自身のキャリアにとっても、大切なアルバムになったのではないだろうか。

 モーツァルトの弦楽五重奏曲の全曲演奏がラスト・レコーディングになったアウリン四重奏団。1982年、ケルンで結成されたときメンバーたちはまだ20歳代だったけれど、それ以後メンバーの入れ替えもなく40年近くも活動し、互いに切磋琢磨して彼らの音楽を熟成させてきたのだ。ちなみに“アウリン”はミヒャエル・エンデ作『ネバーエンディング・ストーリー』で、少年アトレーユが授かるキーアイテムのこと。ウーン、物語とモーツァルトの音楽がオーバーラップして、聴きながら“何と幸せな時間だろうか!”と思えてくる。彼らの表現には派手さはないし、声高に叫ぶこともない。穏やかな表情で、温かみのある響きが豊かで自然な音楽の流れを創り出していく。間違いなく現代最高峰の四重奏団だと言える。この五重奏曲ではヴィオラに今井信子が加わる。内声部の充実、名手たちの呼吸が聴こえるようなみごとなアンサンブルだ。ただ、ヨーロッパでの高い評価に比べると、日本での知名度はけっして高くない。ぜひ日本の音楽ファンには彼らの真価を聴き取ってほしい。2000年代に入ってもアウリン四重奏団の活躍は目覚ましく、「TACET」レーベルにはハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトなどに多くの名演を録音している。
 収録は2014~2015年、ドイツ・ヴッパタールのインマヌエル教会だが、じつは「TACET」レーベルの録音がすばらしいのだ。この高音質レーベルも日本ではマイナーだ。アンドレア・シュプレーアが1989年にシュトゥットガルトで設立したレーベル。“TACET(タセット)”は、ラテン語で“音を出さない”という意味だが、シュプレーアならではのパラドックスなのだろう。当初は真空管マイクによるワンポイント録音をメインとしたアナログレコードや、逆再生(レコード針を内周からスタートさせ外周へ向かって再生する)レコードで話題を呼んだり、その後もCD、DVD / Blu-rayとあらゆるメディアに対応し、2chのみならずサラウンド収録にも取り組んでいる。だからといって録音技術の先進性を売りにしてはいない。録音技術と音楽性をどう融合させるかが、彼のテーマ。録音された音源は演奏の単なる記録ではない。音源自体が芸術なのだ。アウリン四重奏団+今井信子によるモーツァルトの五重奏曲は、シュプレーア渾身の芸術作品だと思う。
Buffalo Daughterの2作がオノ セイゲンのリマスターでハイレゾに
文/國枝志郎

 80年代初頭のロンドンから登場したニューウェイヴ・ユニット、ヘアカット100。ディスコやファンク、ジャズやラテン、60年代ポップスなどのフレイヴァーをポスト・パンクの文脈で再構築し、フロントマンであるニック・ヘイワードの爽やかなイメージも相まって大人気となったグループのデビュー・アルバム『ペリカン・ウェスト』が発売されたのは1982年のこと。あれから40年という歳月が経ったというのも感慨深いが、大ヒットした「Love Plus One」をはじめ、「好き好きシャーツ」という邦題で親しまれている「Favorite Shirts(Boy Meets Girl)」を含む全43曲、3時間以上におよぶ40周年アニヴァーサリー・アルバムをじっくり聴くと、彼らがデビュー・アルバムにして過去の音楽やファッションなどの多くのスタイルからインスピレーションを得つつ、自分たち独自のサウンドを作り上げたことがよくわかるし、それがこの『ペリカン・ウェスト』を時代を超えたアルバムにしているのだと確信できる。
 この40周年アニヴァーサリー・アルバムはオリジナル・アルバムの12曲に加え、12インチ・シングルのエクステンデッド・ミックスとBサイド・ナンバー、それに1982年春にロンドンのハマースミス・オデオンで行われたライヴのテイクで構成されている。CDヴァージョン(4枚組)において「Junction Box - The Unfinished Tracks」のタイトルを持つDISC 3の11曲(未完成のセカンド・アルバムや、後にニック・ヘイワードのソロでとりあげられた曲のデモ・テイクやインストゥルメンタル)がハイレゾ配信から除外されているのはいささか残念ではあるが、ここでハイレゾ(96kHz/24bit)で聴ける43曲の素晴らしさはそれを補って余りあると断言できる。キレの良いギターのカッティング、ブロウするサックス、躍動するパーカッション、そしてニック・ヘイワードのクリーンなヴォーカルは、リマスターとハイレゾ化で大きく魅力を増した。
 このアルバムの後、ニック・ヘイワードはバンドを離脱し、ニック抜きで作られたセカンド・アルバム『Paint and Paint』は残念ながら商業的成功は収められなかったが、このデビュー作の素晴らしさだけで、ヘアカット100の名は永遠に残ると言っていい。それを改めて思わせてくれる素晴らしいアニヴァーサリー・アルバムだ。


 今月のハイレゾ注目作はBuffalo Daughterが20世紀末から21世紀初頭にかけて製作した2枚のアルバムのリマスター盤に決定でしょう。
 Buffalo Daughterは1993年にシュガー吉永、大野由美子、山本ムーグの3人によって結成されたバンド。シュガー吉永はギターがメイン、大野由美子はベースがメインでそれぞれシンセサイザーなどのエレクトロニクスも操り、ともにヴォーカルも担当する。そしてなによりユニークなのはターンテーブル担当のムーグ山本の存在だ。バンドのグラフィックデザインも担当する山本の孤高な佇まいと、ともにもとハバナ・エキゾチカ(メジャー・デビュー作はヤン富田のプロデュース、一部ダブ・ミックスにマッド・プロフェッサー参加!)出身のふたりの女性ミュージシャンの対比はデビュー当時から変わらぬバンドの個性である。
 それに加えて、日本のインディ・レーベルを経てその実質的なデビュー・アルバムをビースティ・ボーイズが運営するグランド・ロイヤルからリリースしたことも、日本にとどまらないポテンシャルを持つこのバンドの個性を一層アピールすることになったのも周知の事実だ。
 今回ハイレゾとして登場するのは、1998年にグランド・ロイヤルからリリースされた『New Rock』と、2001年にEMI(アメリカはEmperor Norton)からリリースされた『I』の2枚。ともにオリジナルのエンジニアはフィッシュマンズとの仕事で知られる凄腕エンジニア、zAk。そして、今回2022年リマスターを手掛けたのはハイレゾ・マスター、オノ セイゲン!
 zAkとも親交の深いオノだけに、たんなるリマスターに止まらないであろうことは容易に想像できたところだが、実際に音を聴いてみると、想像を遥かに超えた音がスピーカーから飛び出してきた。ミニマルを基調とした曲作りが多いが、繰り返される音楽が、少しずつ佇まいを変えながら紡がれていく様が手に取るようにわかる。
 オノのリマスターの特徴として、おそらく今回もコルグ社製の1bit USB-DAC / ADC「Nu 1」を駆使してDSD領域でのトリートメントを施しているであろうことは想像できる。今回のハイレゾ配信はPCM(96kHz/24bit)だけなのが残念だが、近い将来DSD配信、もしくはSACDでの登場も期待されるところだ。
KENSO
『KENSO II』


(1982年)

 1974年に結成された日本のプログレッシヴ・ロック・バンド、KENSO(ケンソー)のハイレゾ(96kHz/24bit)配信がスタートしたのはうれしいニュースである。最近だと2018年に高品質なBlu-specCD仕様でフィジカルCDがまとめてリリースされた際に、ハイレゾ化を密かに期待したものだったが、あれから5年の歳月を経て、今回スタジオ・アルバム4タイトル(『KENSO II』〈1982年〉、『KENSO III』〈1985年〉、『スパルタ』〈1989年〉、『夢の丘』〈1991年〉)とライヴ・アルバム3タイトル(『イン・コンサート』〈1986年〉、『ライヴ’92』〈1993年〉、『ZAIYA LIVE』〈1996年〉)の7タイトルがハイレゾ(96kHz/24bit)化された。
 KENSOは中心メンバーであるギタリスト、清水義央を中心に何度かメンバー・チェンジを行ない、1990年には清水のギターに加え、光田健一(key)、小口健一(key)、三枝俊治(b)、村石雅行(ds)というラインナップが完成しており、その直後にリリースした1991年の5作目『夢の丘』は名盤とされている。もちろんその意見には全面的に賛成だが、ハイレゾ的にここで推薦したいのはセカンド・アルバム『KENSO II』のほうだ。
 もともとハード・ロック的なサウンドではじまったユニットだったが、矢島史郎のフルートをフィーチャーすることでP.F.M.的とも言える牧歌性を聴かせるようになった『KENSO II』は、初期ラインナップでの代表作だ。清水自身の言葉を借りれば、スティーヴ・ライヒらのミニマル・ミュージックやYMOの『テクノデリック』、トーキング・ヘッズの『リメイン・イン・ライト』、クラシックの作曲家ドビュッシーなどから着想を得たというこのアルバムは、とてもハイレゾ映えするサウンドと言うことができるだろう。ラスト・トラックで、タイトルにユーモアを感じる「さよならプログレ」のフュージョン感覚も味わい深い。
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