[こちらハイレゾ商會] 第116回 五輪真弓の実力を知る渋谷ジァン・ジァンでのライヴ盤
掲載日:2023年6月13日
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第116回 五輪真弓の実力を知る渋谷ジァン・ジァンでのライヴ盤
絵と文 / 牧野良幸
五輪真弓の『冬ざれた街/五輪真弓LIVE』が2023年リマスターされハイレゾ配信された。ハイレゾはflac96kHz/24bitでの配信。
『冬ざれた街/五輪真弓LIVE』は1974年に発売されたライヴ・アルバムだ。五輪真弓は1972年に当時めずらしい海外録音の『少女』で衝撃的なデビュー。続いてセカンド『風のない世界』を発表。収録曲「煙草のけむり」が大ヒットした。このライヴはその勢いの続く中のライヴである。収録場所は今や伝説のライヴハウス渋谷ジァン・ジァン。
僕が高校二年生の時だ。ある日兄貴がレコードを買ってきた。それが『冬ざれた街/五輪真弓LIVE』だった。
兄貴のことはここにたびたび書いているが、2学年上で、洋楽ではなく邦楽一辺倒。でも取り立ててレコード好きとかオーディオ好きとかではなく、自分でギターを弾いて歌うほうが好きというタイプである。
兄貴のレコードはたいがい“つまみ聴き”していたから、このアルバムにも手を出した。このアルバムには当時ヒットしていた「煙草のけむり」が入っていたから、兄貴、よく買ってきた、と手をたたいてレコード盤に針を落としたものである。
『冬ざれた街/五輪真弓LIVE』は兄貴の買った初めての五輪真弓のレコードだった。兄貴は以前、五輪真弓のレコード(たぶん『少女』であろう)を買いにレコード店に行ったのだが、店主に“オススメの新人がいるから聴いてごらん”と言われて別のレコードを買ってしまったのだった。
それが荒井由実の『ひこうき雲』。これはこれで正解で、“つまみ聴き”をした僕もすごく個性的な歌手だと驚いた。しかし兄貴は五輪真弓のレコードを買わなかったことに心残りがあったのだと思う。それで『冬ざれた街/五輪真弓LIVE』を買ったと推測している。
本作はライヴの魅力にあふれたアルバムとなっている。それも渋谷ジァン・ジァンという小さな空間ということもあって、演奏を至近距離で聴く感じのライヴだ。
最初は「あなたを追いかけて(Pt.2)」。五輪真弓のピアノによる弾き語りから始まる。
ハイレゾはリマスターの効果もあって、70年代のライヴ録音とは思えないクリアな音である。とくに五輪真弓のヴォーカルは奇麗な残響を帯びて、スタジオ録音、または響きの豊かなホールでの収録かと錯覚させる。
続くジョニ・ミッチェルのカヴァー「青春の光と影」はギターの弾き語り。この2曲だけでも、五輪真弓のヴォーカリストとしての実力がわかる。アコースティック・ギターもハイレゾ映えをして奇麗だ。
少人数の観客だということは拍手でわかる。大ホールでの拍手と違って、“一人、二人……”と数えられそうなほど、ばらつきのある拍手である。
アルバムの最初と最後に五輪真弓のMCが収録されており、それもライヴ盤らしくて面白い。五輪真弓はべつに話し上手というわけではない。むしろ実直な語りなのだが、なぜか耳を傾けてしまうのだ。
“今日の演奏はライヴ・レコーディングをしていまして、席の一つ一つに盗聴マイクが仕掛けてあります。演奏とは別のチャンネルに録音されるので、立ち入った話はしない方がいいです(笑)”
この部分は昔から好きなところで、クスッと笑える。たしかにお客さんの声が至近距離なのがわかるが、もちろん会話まではライヴ盤に入っていない。
このあとバンドでの演奏となる。デビュー曲「少女」やキャロル・キングの「YOU'VE GOT A FRIEND」「IT'S TOO LATE」、ロバータ・フラックの「やさしく歌って」などのカヴァーを披露する。邦楽も洋楽もどちらも好きだった70年代。そんな時代らしい選曲だ。
最後のMCでは、“おかげさまで暖かくなりました……やっぱり人間がたくさん集まるといいですねえ”と、なんだか暖炉の周りで膝を突き合わせて話しているような雰囲気だ。
このあとラスト・ナンバーが僕のお目当てだった「煙草のけむり」。ライヴらしいエネルギーのある演奏だ。僕にとってはこの演奏の方が「煙草のけむり」のオリジナルかもしれない。それほどよく聴いたトラックだ。
それにしても本作のようなアットホームなライヴ盤を僕はほかに知らない。演奏者との距離感が近いのは、ひとえに渋谷ジァン・ジァンという収録場所のせいだろう。
渋谷ジァン・ジァンって、一体どんなところなんだろう? 岡崎の高校生はレコードを聴きながら想像をふくらませたものである。僕はたんに想像するだけだったが、2歳上の兄貴は行動力があった。友だちと一緒に新幹線に乗って上京し、渋谷ジァン・ジァンに行ってしまったのだ。
兄貴が聴いたのは荒井由美やブレッド&バターらが出演したライヴだったという。今ならすごい豪華な顔ぶれだ。兄貴は公演のあとでジァン・ジァンの楽屋にも行ったというから驚く。楽屋にはたまたま、あるアーティストのお母様がいて、地方から上京してきた見ず知らずの青年にもかかわらず親切に話し相手になってくれた、と兄貴は感激していた。そんな時代と言えばそれまでだが、今ではとてもありえない話だ。
『冬ざれた街/五輪真弓LIVE』のLPレコードは、50年近くたった今も僕の手元にある。付属のポスターもちゃんと入っている。ただ、これだけ熱く語りながらオーディオマニアになった昨今は針を落としていない。古いレコードゆえノイズが気になるかも、と無意識に避けていたのかもしれない。
その点ハイレゾだと高音質でアナログライクな音だから心配の必要はいっさいない。音楽のほうに集中できる。高校生の頃、熱心に聴いた時の感覚がよみがえった。タイムカプセルのようなアルバムだから高音質で聴けるのは嬉しいかぎりである。

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