[こちらハイレゾ商會] 第第117回 ブラッド・メルドー『ラーゴ』はピアニストの才能を感じる作品
掲載日:2023年7月11日
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第117回 ブラッド・メルドー『ラーゴ』はピアニストの才能を感じる作品
絵と文 / 牧野良幸
ブラッド・メルドーというジャズ・ピアニストを知ったのは、今年のことだった。ビートルズの曲をソロ・ピアノでカヴァーした『ユア・マザー・シュッド・ノウ:ブラッド・メルドー・プレイズ・ザ・ビートルズ』のハイレゾを聴き、とても新鮮だった。ビートルズの曲をジャズ風に演奏する、それ自体は目新しくない。新鮮だったのはブラッド・メルドーの演奏だ。どこかキース・ジャレットを思わせる奏法、しかし紛れもなく独自の音楽にこのピアニストの才能を感じた。
そのブラッド・メルドーが2002年にリリースした『ラーゴ』がハイレゾ配信されたので、取り上げてみようと思う。発売当時話題になったらしいが、なにせ僕はブラッド・メルドーを知ったのが最近だから初めて聴くアルバムとなる。
ここで僕と同じような人のために簡単にブラッド・メルドーについて紹介してみる。
ブラッド・メルドーは1970年生まれのアメリカ人ジャズ・ピアニスト。活動を始めたのは1990年代。やがてジャズ・シーンにおける重要なピアニストとなったが、いわゆる鬼才というのだろう、メルドーの探究はジャズだけにとどまらずロック、クラシックにも及んでいく。
今回取り上げる『ラーゴ』でもレディオ・ヘッドの「パラノイド・アンドロイド」をカヴァーしている。またビートルズのカヴァーも「ディア・プルーデンス」と「マザー・ネイチャーズ・サン」が演奏されている。
クラシックの分野では、オルフェウス室内管弦楽団やメゾ・ソプラノ歌手のアンネ・ゾフィー・フォン・オッター、ルネ・フレミングらとアルバムを制作している。今年もテノール歌手イアン・ボストリッジとの共演アルバムをリリースしたばかりだ。
この中にはクラシックのスタイルによる自作曲も含まれているのだから本格的だ。なかでもアンネ・ゾフィー・フォン・オッターは“推し活”というのだろうか、昔から注目していたメゾ・ソプラノ歌手だったので、彼女と共演しているというだけで、たちまち親近感を感じた。
親近感はほかにもある。『ラーゴ』のプロデューサーにはロック畑のジョン・ブライオンが起用されている。ジョン・ブライオンはこれまた僕が“推し活”をしているシンガー・ソングライター、エイミー・マンのプロデューサーである。こう考えるとブラッド・メルドーは今まで聴いていなかったのが不思議なくらい、音楽的にはご近所さんだったのだ。
ということで『ラーゴ』を聴いてみよう。ハイレゾ配信されたのは2023年リマスターで、スペックはflacの96kHz/24bitだ。
1曲目の「ホエン・イット・レインズ」は抒情的なピアノが印象的。管楽器のハーモニーも重なる。とそこにロック風のドラムがビートを刻む。いきなり僕好みの音楽である。
これを“ジャズとロックとクラシックの融合”と書くと70年代風の言い方になってしまうので控えるが、それよりも、さりげなくこんな音楽が生まれるのが新世紀の音楽シーンと思いたい。
2曲目以降も、刺激的でありながらジャズのアプローチも忘れず、かつポップなサウンドに落とし込んだ音楽が続く。使用される楽器もプリペアド・ピアノ、タブラ、木管、金管とバラエティに富んでいる。曲調もファンキーなもの、フリー・ジャズ風、エレクトリックなもの、かと思えば正統派ピアノ・トリオのような演奏とさまざまである。
どれも通常のジャズから離れラジカルなテイストゆえ、初めて聴いた時はタフな耳がいるかなと身構えたが、印象はすぐに変わった。どれも親しみやすくウォームな音楽だ。ブラッド・メルドーとジョン・ブライオンはジャズとロックの足し算ではない新たな音楽を作り上げた気がする。
レディオヘッドのカヴァー「パラノイド・アンドロイド」は9分あまりの、このアルバムではいちばんの大作で、原曲と同じく盛り上がる構成だ。
ビートルズのカヴァー「ディア・プルーデンス」はドラムがジム・ケルトナー。曲の雰囲気はどこかブライオンが同じ頃にプロデュースしたエイミー・マンの『バチェラーNo.2』を思い出させる。エイミー・マンのヴォーカルも似合いそうである(ちょっと聴いてみたい)。もちろんブラッド・メルドーの歌心あるピアノとインプロヴィゼーションで申し分ないのだが。
もう一つのビートルズのカヴァー「マザー・ネイチャーズ・サン」は、アントニオ・カルロス・ジョビンの名曲「ウェイヴ」とメドレー形式で演奏される。ここでメルドーはヴィブラフォンを演奏している。最初が「ウェイヴ」で、哀愁のあるボサ・ノヴァのメロディがドラムンベース風(?)のドラムに乗っているところがミソ、不思議な緊張感がある。そこから「マザー・ネイチャーズ・サン」に流れ込み、あとは一気に押し進める。なかなかよくできた流れだ。アルバムはこの曲が山場だろう。
最後に置かれた「アイ・ドゥ」は、ちょっとしたクラブでメルドーの奏でるアコースティック・ピアノに耳を傾ける感じか。お疲れさま、とリラックスしてしまいそうだが、やはりメルドーらしく、ひねったフレージングにテンションはいささかも緩まない。あらためてジャズ・ピアニストとしての実力を感じる。
このアルバムの録音はなんと一発録りだったという。その分ミックス作業でかなり作り込んだことは想像できるが、ハイレゾは解像度があるから細かい音も楽しめる。当時聴いた方も、初めて聴く方もハイレゾが出たのを機会に聴いてみてほしい。

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