[注目タイトル Pick Up]冷戦真っただ中、アメリカ生まれのバイロン・ジャニスがソ連で録音した最上級の名演 / トム・ウェイツが独自の音楽を追求した、アイランド時代の5作がリイシュー
掲載日:2023年7月25日
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注目タイトル Pick Up
冷戦真っただ中、アメリカ生まれのバイロン・ジャニスがソ連で録音した最上級の名演
文/長谷川教通

 バイロン・ジャニスって誰? もう伝説のピアニストと言われてしまうのか……。でも嬉しいことに彼がマーキュリー・レーベルに録音した音源が、192kHz/24bitのハイレゾ音源として甦ったのだ。ジャニスは1928年、アメリカ・ペンシルベニア州の生まれで、ルーツは東欧ユダヤ系だという。少年時代からジュリアード音楽院のレヴィーン夫妻に学び、15歳でトスカニーニの指揮でデビュー。同年代の少年マゼールの指揮でラフマニノフを弾いたことことが縁でホロヴィッツに認められ、彼の教えを受けている。
 当時は米ソ冷戦時代のまっただ中だったが、ソ連の文化的威信を賭けて開催された第1回のチャイコフスキーコンクールで、なんとアメリカ出身のヴァン・クライバーンが優勝。このニュースは世界を駆け巡り、クライバーンは時代の寵児となったのだ。そんな米ソ雪解けの雰囲気を後押しするかのように、アメリカは文化使節をソ連に送る。選ばれたのがクライバーンにも劣らない人気絶頂だったバイロン・ジャニスだ。60年の訪ソはモスクワでも大きな話題となり、ジャニスは62年にも訪ソする。このときはマーキュリーの録音スタッフがわざわざ録音機材を持ち込んだというのだから、文化的&政治的な一大イベントだったのだ。ジャケット写真を拡大して見てほしい。「NEW! FIRST TIME EVER!」と誇らしげな見出しが躍っている。
 このキリル・コンドラシン指揮するモスクワ・フィルと録音したプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番とラフマニノフのピアノ協奏曲第1番は、現在でも最上級の名演として記憶されている。プロコフィエフの明瞭で強靱なタッチがすばらしく、しかもプロコフィエフ特有の皮肉っぽくておどけたようなリズムの面白さや躍動感がみごとに表現されている。それらの音の隙間からあふれだす豊かな情感がいい。高速テクニックや派手な演技で迫る現代の演奏に辟易しているリスナーは「これだよ! プロコの真骨頂は」と拍手したくなるだろう。録音も当時としては最高レベル。コンドラシンの指揮も聴きもので、ラフマニノフ冒頭の自信に満ちあふれたテンポと響きが鳴った瞬間に「これはすごい!」と感じさせる。ジャニスのピアノも輝かしくてロマン的な表情が魅力的だ。その一方で「バイロン・ジャニスってこの頃が絶頂期だったんだ」と、少々感傷的になってみたりもする。というのも、彼はその後長い期間手の関節炎に苦しむことになり、手術後にカムバックもしたけれど、若き日の輝きを取り戻すことはできなかった。彼はラフマニノフの第2番を名匠アンタル・ドラティ指揮ミネソタ管、第3番をドラティ指揮ロンドン響でマーキュリーに録音しているが、こちらも名演&名録音だ。ぜひ第1~3番まで揃えておきたいと思う。


 新型コロナのパンデミックもあって、ヒラリー・ハーンの休暇は思いのほか長引いてしまった。とはいえ演奏活動こそお休みしていたけれど、その間も子育てやら友人たちのコンサートに出かけたり自分の国の歴史を勉強したりで、けっしてボーッと過ごしていたわけではないし、音楽から距離を置こうなどと考えたわけでもない。いったん立ち止まって自分を見つめ直すための時間。実際、活動再開後に録音した『エクリプス』では、彼女の表現にどこかゆとりのような、遊び心が加わったような気がする。YouTubeにもアップされているが、フラフープを回しながらパガニーニのカプリースを弾いちゃうくらい愉快な一面もあるのだから、正確無比なテクニックと切れ味鋭いヴァイオリン、クールで無表情……などという先入観を持っているなら、天才少女ともてはやされるが故に、身につけざるを得なかった仮面を外して自分を解き放とうとしていることに気がつくのではないだろうか。そう思って2022年の11月にボストンで新録音したイザイの「6つの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」を聴く。彼女はイザイの門下生であったヤッシャ・ブロツキーに師事していたから直系の孫弟子にあたる。作曲から100年となる節目で録音するという巡り合わせ。録音には9週間以上をかけたと言う。短時間でサラリと弾いた演奏ではけっしてない。この音源には、楽譜と真剣に向き合い、葛藤し考え抜いた末の表現が収録されているのだ。
 第1番の冒頭からすさまじいほどの熱気。その音色の純度の高さに圧倒される。相変わらず切れ味は鋭いが、無機質なシャープさとはまったく違う。音色が冷たいのかというとそんなことはない。聴き手に訴えかけてくる低音域の迫力には、ここまで楽器が鳴るかと驚かされるし、高音域の倍音がキューッとのった密度感と輝かしさはまさに鳥肌もの。しかも雑味がなく、あくまでピュア。第2番の終楽章など、これだけ弓を自在に柔軟に操れるなんて、さすがだなーと感激するばかり。もうひとつ伝えたいのは録音の良さ。この音源は96kHz/24bitだが、倍音ははるかに20kHzを超えているし、ダイナミックレンジも猛烈で、とてもCDの16bitにはおさまりきらない。これがヴァイオリン1本によって出せるダイナミックレンジだろうかとさえ思う。ハーンの演奏するフォルテの音量が圧倒的なのに加えて、弓毛が弦にかすかに触れるくらいの微弱音を駆使するのだが、そのときの倍音は人間の聴覚ではとても聴きとれないけれど、そんな音まで信号として拾っている。どうせ聴こえない音なんか必要ないと言う人もいるけれど、この聴こえない信号があるかないかで音の波形自体が変わってくる。だから聴こえている響きの波形に違いが出てくるのだ。この録音は96kHz/24bitの限界に迫る音質だと言っていい。


 アメリカの若手キット・アームストロングとフランスの名手ルノー・カプソンによる注目のアルバムが96kHz/24bitのハイレゾ音源で登場した。モーツァルトのヴァイオリン・ソナタは、とくに初期の作品では「ヴァイオリンオブリガート付きのピアノ・ソナタ」と言われる、それはピアノの練習用に書かれたからで、生徒がピアノの練習をするとき先生がヴァイオリンで旋律を補助的に弾いてあげるといった性格の作品だったのだ。また、モーツァルト自身の作曲ではないものや断片だけの曲も入っているため、現在ではK.296以降の作品をヴァイオリン・ソナタ集として弾くことが多い。このアルバムでも断片とされる曲を除いて第17番K.296から第43番K.547のソナタに、「羊飼いのセリメーヌ」の主題による12の変奏曲と「ああ、私は恋人をなくした」の主題による6つの変奏曲がケッヘル番号順に収録されている。
 ピアノは1992年ロサンゼルス生まれで台湾にルーツを持つキット・アームストロングだ。DG(ドイツ・グラモフォン)からのデビュー・アルバムで、初期のイギリス音楽(ウィリアム・バードとジョン・ブル)を弾いて話題となったが、フランスを代表するルノー・カプソンと組んでモーツァルトを弾く……どんな化学反応が起きるんだろう? カプソンがモーツァルトを弾くにあたって、感情主張型やテクニック追求型のパートナーを選ぶとは思えない。おそらくキットの知性的で、作品の本質を深く掘り下げていこうとする感性にパチンと火花が飛ぶような感覚があったのではないだろうか。キットのほうでも、カプソンが現代のヴァイオリン奏法で描き出す華麗で優雅で格調の高いモーツァルトの旋律に共感したのは言うまでもないだろう。互いの知性と感性が響き合ったのだ。カプソンのヴァイオリンがほんとに美しい。もちろん当時の演奏スタイルをとるのもいいし、グリュミオー / ハスキルやシェリング / へブラーをはじめとした名匠たちの演奏もいい。でもカプソンの美しさは格別だ。それにキットのピアノが生き生きと駆け回る。愛らしい変奏曲のテーマを、なんと愉しげに奏でることだろうか。ヴァイオリンに寄り添いながらも、自身の感性を自在に発露させている。人気ナンバー・ワンのK.304でもことさらに哀しさを押しつけてくることもなく、モーツァルトの哀しみは作品自体が語りかけてくる……とばかり、伸びやかで美しい。録音の良さもあって、いま聴ける最上のモーツァルトではないかと思う。

トム・ウェイツが独自の音楽を追求した、アイランド時代の5作がリイシュー
文/國枝志郎










 しゃがれた声と独特な歌詞、ジャジーでブルージーなサウンドで静かな人気を誇り、“酔いどれ詩人”の異名を持つトム・ウェイツが、アイランド・レコード時代(1982~1998年)に発表した5枚のアルバムが初めてのリマスターを施されてリイシュー。ヴァイナル、CDに加えてハイレゾも全タイトル配信スタートでちょっとしたトム・ウェイツ祭の様相だ。
 しかも、このリイシューにはウェイツ本人だけではなく、奥様でもあるキャスリーン・ブレナンも関わっていると聞けば興奮もいっそう高まるというもの。
 1973年にロサンゼルスのアサイラム・レコードからアルバム『クロージング・タイム』(今年発売50周年記念でアニヴァーサリー・アルバムもリリースされたが、残念ながら今のところハイレゾでの配信はされていない)をリリースしてデビューしたトム・ウェイツは、70年代終わりごろにそれまで交際していたリッキー・リー・ジョーンズと別れ、80年代初めにニューヨークに移るが、そこで映画監督のフランシス・フォード・コッポラと出会い、彼のもとで脚本編集者をつとめていたブレナンと恋に落ち、結婚。80年に発表されたアサイラムでの最後のアルバムでウェイツはジョーンズとの別れを歌い、アルバムをブレナンに捧げている。
 そして移籍したアイランドにおいては、自身でプロデュースを手掛けるようになり、より実験的な要素を取り入れつつ、ミュージカルや映画との関連を深くしながら“トム・ウェイツ節”とでも呼びたい独自の音楽を追求していった。一部には妻であるブレナンの参加も仰いでいるアイランド期の5枚のアルバムはどれも甲乙つけ難い作品ばかりなので、ぜひここはまとめて5枚聴いていただきたいと思う。
 金管楽器やパーカッションを取り入れて新しいウェイツ・ワールドのスタートとなった『ソードフィッシュトロンボーン』(1983年)、キース・リチャーズの参加も話題となった『レイン・ドッグ』(1985年)、『ソードフィッシュトロンボーン』収録の同名曲から派生したミュージカルのためにウェイツが書いた曲を改めてレコーディングした『フランクス・ワイルド・イヤーズ』(1987年)、初のグラミー受賞作となった『ボーン・マシーン』(1992年)、ロバート・ウィルソンとバロウズによる1990年のミュージカルのために書いた曲を集めた『ブラック・ライダー』(1993年)と、どれも先鋭的でありながら懐古的な感触もあわせ持つウェイツ・ワールドを堪能できる。ちなみに配信は192kHz/24bitと96kHz/24bitの二種ある。私は192kHzで聴いているけど、そのあたりはお好みでどうぞ。


 アメリカのシンガー・ソングライター、ノーマン・グリーンバウム。ボストン大学で音楽学を専攻したというアカデミックな側面を持つ彼はしかし大学を2年で中退。ロサンゼルスに移り住み、ドクター・ウェストズ・メディシン・ショウ&ジャンク・バンドを結成して活動を開始するもののバンドはほどなくして解散し、グリーンバウムはソロ活動を開始する。そこで出会ったのがティム・ハーディンやラヴィン・スプーンフルのプロデューサーだったエリック・ジェイコブセン。グリーンバウムの才能に惹かれたジェイコブセンは彼のソロ・デビュー・アルバムを全面的にプロデュースし、アルバムのタイトルにもなったシングル「スピリット・イン・ザ・スカイ」は1969年末に発売され、全米3位、全英1位の大ヒットとなった。自分は神様と知り合いで、死んだら神様が自分を最高の場所(天国?)に連れて行ってくれると豪語する、若干誇大妄想の入った歌詞に重めのファズ・ギターとハンドクラップ、そして軽快なリズムがサイケデリック・エイジにぴったりだったのだろう。
 とはいえ、彼の名は結局この一曲のみで知られる存在であることは間違いないところ。本人を知らず、86年のドクター&ザ・メディックスのこちらもヒットしたモア・サイケなカヴァーでこの曲と人を知った層も多いと思う(それは私……申し訳ない笑)。だが、彼は80歳を超えた今でも活動を続けているという。
 そんなグリーンバウムの、3枚のスタジオ・アルバムがハイレゾ、それもPCMとしては高スペック(192kHz/24bit)での配信というところはリリース元の矜持を感じるポイントでもある。
 ここで推したいのは大ヒット・シングルを含むファースト・アルバムではなくて、そのヒットの後、酪農をするために(!)カリフォルニア州ペタルマに移住したグリーンバウムによる3作目のアルバム『Petaluma』。第2作『Back Home Again』以降はこのペタルマに牧場を買い、そこにスタジオも設立して牧場主のかたわら音楽制作を続けたグリーンバウムは、1972年の『Petaluma』を最後に音源のリリースをストップしてしまうのだが、この(現時点での)ラスト・アルバムは、ライ・クーダーやサイラス・ファーヤーといった豪華ゲストの参加を仰ぎ、マンドリンやウクレレ、スティールがとてつもなく気持ちよい。演奏時間は30分にも満たないが、何度でもリピートしたくなる楽園音楽の極みみたいな一枚なのだ。


「アンビエント・ミュージック」「環境音楽」というジャンルが人口に膾炙したのは70年代終わり頃から80年代、ブライアン・イーノのアンビエント・シリーズやエリック・サティ(家具の音楽)の音楽がもてはやされるようになってからだろうか。
 そんな新しい「アンビエント」の潮流のひとつとして、芦川聡が1982年に「サウンド・プロセス(のちにサウンド・プロセス・デザインに発展)」を設立したことは重要だったと言えるだろう。レーベルとしての第1弾は吉村弘の『ナイン・ポストカード』と芦川の『スティル・ウェイ』で、ともにレーベル設立と同時の1982年に発表されている。これは芦川のモットーともなった「波の記譜法(Wave Notation)」の第1作と第2作。この「波の記譜法」は、芦川がソロのライナーで書いているように「環境として成り立つ音楽のシリーズとして始めた。何げなく聞くための、音の風景とか音のオブジェ(後略)」であり、シリーズは続いて第3作となる柴野さつき「エリック・サティ」(1984年)まで続いた。残念ながら芦川が83年に事故で急逝したこともあり、シリーズとしてはそれで幕を閉じることになるが、1984年にサウンド・プロセスから「波の記譜法」ではない新しいシリーズがスタートしていた。それがOscilation Circuit(オシレーション・サーキット)の「Série Réflexion 1」である。
 当時のLPのライナーノーツにはこの新シリーズについて次のように書かれている。
「WAVE NOTATION(波の記譜法)のシリーズは、鏡だったのかもしれない。鏡に写る美醜入り混った種々の影像、私たちは時に当惑し、時に狂喜もした。WAVE NOTATIONの発売からやがて2年、鏡はひたすら他を映しつづけ、同時に鏡自体も変化してきたのかもしれない。いずれにしても、このまま放置しておくことはできなくなった。
 こうして、RÉFLEXION(レフレクシオン)が誕生した。」(大文字表記は原文ママ)
 芦川はこれを新シリーズとして構想したのかもしれないが、残念ながら2は出ることはなく、このアルバムも幻のアンビエント作となってしまった観がある。もっともそれゆえか、一部の熱狂的なファンが世界中に存在したのも事実で、そうしたファンの存在が今回のまさかのリイシュー&ハイレゾ(48kHz/24bit)配信につながったのかもしれない。
 オシレーション・サーキットは磯田健一郎と廣橋浩によるユニットで、このふたりは作曲と電子オルガン、電子ピアノ、パーカッションを担当。ほかに磯田重晴のパーカッションと、サクソフォンの須川展也が参加している。
 芦川や吉村の「波の記譜法」に比べると動的な感覚が顕著で、スティーヴ・ライヒやフィリップ・グラスの影響も感じられる本作には、リイシューにあたってオリジナルの3曲に、未発表音源や新録音による4曲が追加されている。発表から40年近くを経て蘇った和アンビエント・ミュージックの世界を、ぜひハイレゾで楽しんでほしい。ちなみにこのアルバムにシンセサイザーはいっさい使われていないそうである。

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