フランスの電子音楽家、ジャン・ジャック・ペリー。名前は聴いたことがなかったとしても、ディズニーランドに行ってエレクトリカルパレードを楽しんだ人ならその音楽で血湧き肉躍る経験をしているはず。あのイベントのオープニング・テーマはペリーがドイツの作曲家ガーション・キングスレイ(「ポップコーン」の大ヒットで有名)とともに制作したアルバム『Kaleidoscopic Vibrations: Electronic Pop Music from Way Out』(1967年)に収録されている「Baroque Hoedown」なのである。底抜けに楽しく、わくわくさせてくれるシンセ・サウンドが、どれだけたくさんの人に笑顔をもたらしたことだろう。これだけ人口に膾炙した電子音楽はほかにあるまい。60年代後半のインストゥルメンタル・ムード・ミュージック・アルバムをレンズを通して屈折させてみせたような無邪気でハッピーなエレクトロニック・サウンドは、その後90年代にも世界的なラウンジ・ミュージック・ブームにおいて再発見されたことを覚えていらっしゃるリスナーも多いことだろう。
ペリーは60年代にかのガーション・キングスレイとのコンビ、ペリー&キングスレイ(日本ではしばしばペリキンとして親しまれてきた)として電子楽器の多重録音による作品を発表し、その後もソロとして、ヒップホップのサンプリング・ソースとしても再発見された「E.V.A.」(人類初の月面着陸を果たしたニール・アームストロングへのオマージュ曲)や、蜂の羽音をテープレコーダーで録音し、それを編集して作った「Flight of the Bumblebee」(原曲はクラシックの名曲)を含むアルバム『Moog Indigo』(タイトルはジャズの名曲にちなむ)まで、ペリーの単独名義で7枚のアルバムをリリース。その後も2016年に亡くなるまで共同名義での作品を多数リリースしてきた。しかしながら、ペリーのソロも、ペリー&キングスレイの作品も、リイシューはたびたびされながらもハイレゾとして世に出ることは今までなかった。だが、ついに! ペリーの6枚目のソロ・アルバム『The Amazing New Electronic Pop Sound Of Jean-Jacques Perrey』が、リイシュー専門レーベルとして、ハイレゾにも意欲的に取り組んでいるCraft Recordingsよりハイレゾ(192kHz/24bit)配信されたのだ。
本作はペリーにとって6枚目のソロで、当初はクラシックのレーベルとしてスタートし、その後ジャズやフォーク、ブルースの作品を多くリリースしたことでも知られるアメリカのヴァンガード・レコードから、ペリー&キングスレイ名義での『The In Sound From Way Out!』(1966年)および前述した『Kaleidoscopic Vibrations: Electronic Pop Music From Way Out』(1967年)に続いてリリースされたもの。フランス民謡とペリーのオリジナルがミックスされた「Frere Jean Jacques」や、ベートーヴェンの「田園」が巧妙に組み込まれた「Four, Three, Two, One」、「ツィゴイネルワイゼン」的なイントロで始まる「Gypsy In Rio」など、多様な音楽のエッセンスを少々アヴァンギャルドなスパイスで味付けした遊び心たっぷりの作品で、あっという間に終わってしまうのがちょっと残念なほど。ヴァンガードからはこのアルバムのあと、件の『Moog Indigo』も出ているので、ほかのアルバムとあわせて今後のハイレゾ・リイシューに期待しよう。
ううむ……この熱い思いを知ってアルバムに込められた音楽の濃密さを聴けば、“これがCODA”ということも納得、かもしれない。ゲスト陣の豪華さもさることながら、やはり納自身が作曲した楽曲の強度が桁外れというところからも、その思いを強くする。しかも、今回のハイレゾ(96kHz/24bit)はCDの発売(2022年7月)から1年後となったわけだけれど、CDとは曲順がまったく違うことにも驚かされた。CD(12曲収録)の少し後に出た2枚組LPは、2曲の新録音を加えて、A面が「Groove Side」と名付けられて4曲、B面が「Osamu World Side 1」で4曲、C面が「Big Band Side」で3曲、D面が「Osamu World Side 2」で3曲、トータルで14曲の収録となっているが、今回の配信版はLPに準じた曲順となっているのである。
アルバムという形態がすでに過去のものとなりつつあるという危惧を表明している納だけに、“僕のアルバムはこの曲順で聴いてほしい”という絶対的な配列をひとつだけ提示するのだろうと当初は思っていた。LPの曲順が違うことは、ボーナス・トラックの存在もその理由の一つではあろうが、LP2枚組だと途中で3回、盤をひっくり返す必要があるがゆえのこの曲順だったのだとも考えた。ということで、配信版がLPと同じ曲順をとっていたことにはやや驚かされたということは正直に告白しておこう。バリトンサックスをフィーチャーして、納がかつて聴きまくったというレッド・ツェッペリンへの豪快なオマージュ(「B.B.Groove」)で始まるCDに対し、配信(およびLP)はビッグバンドによるリズムチェンジ・ナンバー(「Change The Rhythm」)による、なんとなくミステリアスなオープニングで、すでにまったく違う世界が展開する。CDを聴きまくっていた僕(LPは未聴)には、新しいアルバムを聴くような新鮮さがあったことも事実である。配信を聴いたあと、ぜひCDの曲順で聴いてみていただきたいし、また自分なりの曲順を考えてもいいかもしれない。どう料理しても納浩一のグルーヴは聴き手を虜にすることは間違いないと思うから。