[こちらハイレゾ商會]第120回 発売時も今も衝撃、サディスティック・ミカ・バンドの『黒船』
掲載日:2023年10月10日
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第120回 発売時も今も衝撃、サディスティック・ミカ・バンドの『黒船』
絵と文 / 牧野良幸
サディスティック・ミカ・バンドの『黒船』が2023年リマスターされハイレゾで配信になった。『黒船』は今や日本のロック史に残る名盤だが、発売された時の衝撃もまた大きかった。はじめに当時のことを少し書いてみたい。
1974年の発売時、僕は高校二年生だったが、それこそ黒船を初めて見た日本人のように驚いたものである。ペリーの黒船は浦賀沖にその姿を現したが、サディスティック・ミカ・バンドの『黒船』は音楽雑誌の広告に突如その姿を現した。僕が見たのは『ミュージック・ライフ』かまたは『FM fan』『週刊FM』といったFM誌だったと思う(両方かもしれない)。
70年代のポピュラー音楽は活況で、毎月のように新しい音楽が誕生していた。雑誌に載る新譜レコードの広告を見て驚くことは日常茶飯事だったと言ってもいい。エキサイティングな時代だったと思う。
にもかかわらず東芝EMIが出した『黒船』の広告には、とびきり驚いたものである。何にびっくりしたのか書くことは、そのままこのアルバムの特徴になると思う。以下記憶を頼りにあげてみる。
サディスティック・ミカ・バンドというバンド名は、ジョンとヨーコのプラスティック・オノ・バンドのもじりだとわかり、フォーク畑の加藤和彦がロックを始めたことに驚いた(『黒船』はセカンド・アルバムでファースト・アルバムのことは知らなかった)。
『黒船』というタイトルや収録曲を見てトータル・アルバムらしきものを感じ、これも注目だった。当時邦楽でのトータル・アルバムは目新しく、同じ1974年に発売された四人囃子『一触即発』と並んで先駆的だった。
プロデュースをクリス・トーマスという外国人がしたことにもびっくり。クリス・トーマスはビートルズの『ザ・ビートルズ』(ホワイト・アルバム)やピンク・フロイドの『狂気』に関わった人物だが、当時の高校生にそこまでの知識はない。イギリスのプロデューサーが日本人の音楽を制作することだけで事件だったのである(なので僕は長い間、このレコードがロンドン録音だと思い込んでいた)。
さだかではないが『黒船』が海外で発売されるようなことも載っていたかもしれない。ジャケットの加藤和彦とミカはロンドンから飛来したようにも見え、『黒船』というアルバムを見事に暗喩していた。広告は白黒印刷だったが視覚的なインパクトも大きかったのだ。
要するに『黒船』は完全に“邦楽離れ”したレコードとして現れたのである。僕はこれを洋楽好きの自分に向けてのレコードととらえた。邦楽ひとすじだった兄貴がこのレコードを買わなかったのは、そのせいかもしれない。
兄貴が加藤和彦を聴かなかったわけではない。ザ・フォーク・クルセダーズの『紀元貮阡年』(1968年発売、「帰ってきたヨッパライ」収録)は買っていたし、北山修とのシングル「あの素晴しい愛をもう一度」(1971年発売)も家にあった。さらに北山修のライヴ盤『ばあすでい・こんさあと』(1971年発売)も買っている。
僕もこれらのレコードを兄貴に内緒でよく聴いたものだ。ライヴ盤での加藤和彦との「あの素晴しい愛をもう一度」はオリジナルと同じくらいよく聴いた。
兄貴が『黒船』を買わなかったのは、加藤和彦のロック路線に戸惑ったせいかもしれない。それは僕も同じで『黒船』を洋楽みたいだと思ったくせにレコードは買わなかった。時代を切り開くアーティストの宿命とはいえ、リスナーの既成概念を壊すのは難しい。当時はまだ、この人はフォークの人、あの人はロックの人という見方が強かった。荒井由実のようにどちらにも入らない人は“ニューミュージック”と呼ばれだした頃だ。
しかし発売から50年近くたつと先入観もこだわりも消えている。今は純粋に『黒船』を聴ける時代である。それもリマスターされハイレゾで聴けるのだから申し分ない。
聴いてみて当時の予想が当たっていたところもある。コンセプトはジャポニズム、歌詞は日本語、歌い方も普通の日本語の発音なのに、まるで洋楽を聴いているかのようだ。
「よろしくどうぞ」でのお祭りの音さえニューオーリンズのブラスバンドを聴いているような感覚。「タイムマシンにおねがい」でのミカのヴォーカルはPUFFYの先取りのようで、今聴くとまさに“クール・ジャパン”であろう。
演奏がまた素晴らしい。加藤和彦とミカのほかのメンバーはキーボードに今井裕、ギターに高中正義、ベースに小原礼、ドラムに高橋幸宏。高橋幸宏のドラムはYMOの前触れとも思え、ベースと一体となっての切り込みが素晴らしい。アルバム発売時には、高中正義も高橋幸宏もまだ無名のスタジオ・ミュージシャンだったはずで、当時のリスナーがどんな感想を持ったか興味深い。
録音はクリス・トーマスを日本の東芝EMIのスタジオに招いて行なわれた。関係者の証言を読むと、クリス・トーマスの録音方法は日本人にはびっくりすることが多かったらしい。それでも日本側の対応がうまくいったのだろう、クリス・トーマスの仕事ぶりがとても出ている。
どの曲も70年代洋楽の“華”のようなものが付加されている感じだ。それが50年近くたった今もまったく色褪せていない。「黒船[嘉永6年6月4日]」などデヴィッド・ギルモアばりの官能的なギターが宙を舞う(このアルバム、ドルビーアトモスでもいけると思う)。
プログレ以外にもさまざまなスタイルの音楽が含まれている。「タイムマシンにおねがい」や「どんたく」はポップな名曲と思うし、「何かが海をやってくる」はフュージョンのようなサウンド、「塀までひとっとび」でのファンクも相当なものだ。最後の「さようなら」は加藤和彦による弾き語りで、オルガンとエレクトリック・ギターが静寂の中へ消えていくところは『狂気』の最後を連想させる。
ハイレゾでサティスティック・ミカ・バンドの残した生々しいサウンドを最高に楽しめると思う。オーディオの音というよりバンドそのものといった押し出しのいい音だ。ハイレゾならではの新たな発見や感動もあるかもしれない。2023年ハイレゾによる『黒船』の到来もまた事件である。

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