[こちらハイレゾ商會]最終回 ビートルズの新曲「ナウ・アンド・ゼン」と“赤盤”“青盤”のハイレゾ
掲載日:2023年12月12日
はてなブックマークに追加
こちらハイレゾ商會
最終回 ビートルズの新曲「ナウ・アンド・ゼン」と“赤盤”“青盤”のハイレゾ
絵と文 / 牧野良幸
今年のポピュラー音楽最大のニュースは、ビートルズの新曲「ナウ・アンド・ゼン」だろう。ジョン・レノンが残したデモ音源から、ポールとリンゴが亡きジョージの演奏も含めて仕上げたビートルズ“最後の新曲”。
そこで今回は「ナウ・アンド・ゼン」。そして同時にリリースされた『ザ・ビートルズ 1962年~1966年』2023エディション(“赤盤”)、『ザ・ビートルズ 1967年~1970年』2023エディション(“青盤”)のハイレゾを取り上げてみたい。いずれもスペックはflac 96kHz/24bitである。
まず「ナウ・アンド・ゼン」。ビートルズの新曲を初めて聴くのはやはりドキドキする。嬉しい半面、イメージが崩されるような曲だったら悲しい。
しかし「ナウ・アンド・ゼン」は期待に違わぬ曲だった。ジョンらしい哀愁のあるメロディが味わい深く、ここのところ頭の中で自然と流れてくる。ポールのベースやリンゴのドラムは今の演奏でもやはりビートルズそのものだ。ブリッジでのバック・コーラスなど「ビコーズ」や「サン・キング」を彷彿とさせた。
最近僕はピアノを練習していて、「ナウ・アンド・ゼン」もピアノで弾いてみた。すると、おー、高校生のとき下手の横好きで弾いた「レット・イット・ビー」や「イマジン」みたいに感動。聴いてよし、弾いてもよし。これならビートルズ・ソングとして聴き継がれていくと思った次第。
そもそも2023年に「ナウ・アンド・ゼン」のようなメロディアスな曲に出合えたのが嬉しい。近年世界情勢は深刻だけれど、ポピュラー音楽界もオヤジにはあまり明るくない。聴く曲は昔の曲ばかりになってしまった。その中で「ナウ・アンド・ゼン」はひさびさに何度も聴きたくなる新曲だ。ローリング・ストーンズの新作も聴けたし、2023年は往年のロック・ファンには嬉しい年だった。
ハイレゾではジョンのヴォーカルがほかと分離し、このうえなくクッキリと浮かぶのが素晴らしい。“デミックス”という技術らしいが、同じくジョンが残したテープから生まれた楽曲でも、1996年の「リアル・ラヴ」ではヴォーカルの後ろにジョンの弾くピアノがうっすら入っていて気になった。同じトラックに入っている音だから仕方がないと当時は諦めたが、さすがに現代の技術はすごい。
続いて“赤盤”と“青盤”2023年エディションである。
“赤盤”と“青盤”は1973年に発売。ビートルズ解散後のアルバムさえ、もう半世紀経ってしまったことに今さらながら驚いてしまうが、この50年間“赤盤”と“青盤”はビートルズ・ファンになくてはならないアルバムだった。ビートルズ入門として完璧な“神選曲”といってもいい。
ただ僕は発売時に“赤盤”のレコードしか買わなかった。“赤盤”と“青盤”が発売になった時、僕は高校一年生だったが、中学の卒業前にビートルズのアルバムとメンバーの主要なソロ作品を聴き終わっていたので、今さらベスト盤を聴く理由がなかったのだ。中学時代に一緒にビートルズにのめり込んだ級友たちも“赤盤”や“青盤”は買わなかった。
僕は“赤盤”と“青盤”なしでビートルズを聴き終えた最後の世代と言えるが、別の言い方をすると、解散後にビートルズを聴き始めた僕には、“赤盤”と“青盤”は初めて体験するニュー・アルバムでもあった。今と違ってあっさりとした広告だったが、やはりほしくなった。
僕が“赤盤”だけを買ったのは『リボルバー』までは級友から借りたレコードから録音したテープでしか持っていなかったので、初期の曲もレコードでコレクションしておきたいと思ったからである。それでも買ったらムチャクチャ聴いたので、“赤盤”と“青盤”の素晴らしさはよくわかっているつもりだ(“青盤”は大人になってから中古レコードで購入)。
今回の2023年エディションも新鮮に聴けた。注目点は言うまでもなく新ミックスと追加曲だ。
新ミックスはやはり初物が多い“赤盤”のほうが気になった。どの曲もマスターテープの事情の許すかぎり聴きやすいステレオにし、高音質化したという印象。不評だった左右のスピーカーに張り付いたように分離された音は溶け込んだ分離となり、聴きやすいステレオに。もちろん音質の向上もはかられている。マルチトラックがあっても難関だったと思う「シー・ラヴズ・ユー」もギターが右に、ドラムが若干左に位置しステレオ感を出している。モノがいいかステレオがいいかはまた別の話であるが。
ハイレゾを再生したのはアキュフェーズのアンプ、B&W 804というトールボーイ型スピーカーだが、『ハード・デイズ・ナイト』の収録曲「ユー・キャント・ドゥ・ザット」はバスドラなど中低域が厚くなりワイルドに。“70年代パンクや80年代グランジのワイルドさが60年代にもあるぜ”と言いたげなバスドラだ。これなら将来出る(と思いたい)『ハード・デイズ・ナイト』の新ミックスも期待してしまう。同じく『ヘルプ!』や『ラバー・ソウル』の収録曲もアルバムの新ミックスを期待させた。
“青盤”のほうは初めて聴く2023年ミックスをふたつ取り上げておく。「アイ・アム・ザ・ウォルラス」は各音をほぐして自然なステレオにし、かつステレオのままフェイドアウトするところがきれい(従来はモノの音が左右にパンしてフェイドアウト)。ラジオの音のようなSEも従来と違っていると思う。「ヘイ・ブルドッグ」は従来の右スピーカーのヴォーカルが中央に定位され現代的なステレオ音場になった。“青盤”入りで名実ともに代表曲の仲間入りだ。
収録曲の追加については人によってさまざまな受けとめ方があるだろう。オリジナルはベスト盤といえどもひとつの世界があった。名曲の怒涛のオンパレードは一直線に進むところがあったが、2023年エディションは2番手の曲が入るせいで横道にそれる感じは否めない。ベスト盤を聴いているのに、ときおりオリジナル・アルバムを聴いているような感覚を覚える。
しかしハイレゾではプレイリストを組めばいいことだから、そう目くじらを立てることはないだろう。サブスクが当たり前の若いリスナーにはこれでいいかもしれない。
あと、慣れもある。“青盤”の最後の「ナウ・アンド・ゼン」まで曲が多いので、最初のリスニングでは体力勝負の感じがしたけれども、繰り返し聴いているうちに慣れてきたから不思議だ。どんなに曲が多くてもビートルズだ。聴き始めたらやっぱり止まらない。2023年エディションも、とことん聴きたおすことになるだろう。
さて、10年続いたこの連載も今回で最終回です。長い間ご愛読ありがとうございました。10年前に始めた時はハイレゾが生まれたばかりで、取り上げるアルバムを決めるのに数タイトルの中から選んだものですが、今ではどれだけタイトルがあるか見当もつきません。この10年間ハイレゾの発展とともに連載を続けられたことを嬉しく思います。また機会があればどこかで会いましょう。


弊社サイトでは、CD、DVD、楽曲ダウンロード、グッズの販売は行っておりません。
JASRAC許諾番号:9009376005Y31015
Copyright © CDJournal All Rights Reserved.